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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2008/01/26 (Sat) 14:45
防犯設計 プロローグ

防犯ということでまず思い浮かべるのは防犯カメラではないかと思います。
この防犯カメラというものは、防犯環境設計での「監視性」と「領域性」という二つのコンセプトのうちの「監視性」の分野に該当します。

「監視性」というものは、居住者による監視(目撃)行為によって、ある犯罪被害者を犯罪を犯そうという意図を持っている者から守る防犯行為になります。

これは、目撃者(住民)が注意深く街路などの周辺環境に対して、無意識もしくは意識的に目を配らせる(自然監視)ことによる領域性の強化をすることを意味しています。

自然監視とは、「道路や建物から通行人や居住者の視線が特定の空間に注がれること」という定義をされています。そのためには見通しや照度の確保と人間活動の促進などが必要になります。

昔、まだご近所付き合いが濃密な時代には、誰でも意識しないでこのことをしていました。映画のAllWaysに見られるような時代では、近所のおじさんや子供たちは誰でも顔見知りで、おのずから不審者は多数の目から観察されていたので犯罪が少ない時代でした。

時代を経て核家族がほとんどになり、細分化された家族と家族の近隣付き合いは希薄になり、集合住宅や新興住宅などでは、お隣の家族の顔も知らないという状態が蔓延するに至り、通りを不審者が通っても分からないことになってしまいました。
おまけにプライバシー重視の社会要求もあり、人のことを詮索することはマナーに反する行為と思われるようになったので、誰しも他の人に注意を向けなくなりました。

上に書いた自然監視という住民の自発的な行為は期待できなくなったのと正比例して住宅地内での犯罪も増えてきています。

その結果、補完的措置として機械監視としての防犯カメラや監視組織である警備会社などの監視のプロによる監視体制が確立されてきました。

わが国は安全と水はタダと長い間思い込んできたようですが、もはや安全神話は崩壊し、水も決して安全なものではなくなり、高いミネラルウォーターを購入せざるを得なくなって来ました。

犯罪の多発化は何も外国人が大量に入国するようになったからということだけではなく、日本人そのものの民族としての規範が地に落ちたような民族になってきています。

自分さえよければ人のことなど知ったことではないという風潮が蔓延し、自分の欲望を満たすためには何をしてもいいという短絡的な発想で犯罪行為に簡単に手を染めるようになりました。

明治の初期のころ、国際的な学者が日本人を知ることになり、世界が滅んでも唯一生き残って欲しい民族は日本人だと学者でいわれるくらいに日本人は気高い民族性を持っていたようです。

昔の日本はよかったなどということは虚しくなるばかりですので、犯罪者から身を守るにはどのようにすればいいのかという話です。

この監視の領域性というものは人間の心理に作用するような手法をとることができます。

この辺の話は町並みの設計に関する分野ですが、しばらくはこの辺の話を進めます。

読んでて眠くなったでしょう?
でも、あだやおろそかにできない話ですので、しっかりと参考にされてください。

犯罪の被害者になるのは特別な人ではなく、明日の貴方なのかもしれませんよ。




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