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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2018/08/07 (Tue) 09:20
何度も書きましたトイレの話です。

住宅系では使用者による利便性-小便器を付けるかつけないかという問題で、私は予算や面積に余裕があれば住宅でも小便器を付けたいと思っています-をそれほど気にすることもないトイレですが、公衆便所は当たり前として、特殊建築物や公共建築でのトイレ設計は結構神経を使います。

身体不自由者や高齢者、乳幼児同伴の夫婦が利用できるための多目的トイレも普通に見かけるようになりました。学校でも多目的トイレは男女以外のスペースを確保することは当たり前のようになっています。

小中学校では男子生徒が大の用を足すために個室ブースに入るのを恥ずかしいために我慢を強いられているというニュースや記事を目にすることが増えてきました。この辺は私が子供のころの意識と違うというか、私が恥ずかしいと思っていなかったということもあって、ヘぇ~、そういう時代なんだと思っていました。
しかし、恥ずかしいから我慢するということは何よりも体に悪いし、男性は子供のころから大人になっても結構消化器系が弱くて毎日のように腹を壊している人が多いようです。この辺は便秘が多いといわれる女性との違いだろうと思います。

その対策として、今どきの子供は乳児のころから小便器に向かって用を足す経験はほぼ皆無に近く、圧倒的に洋便器でのほうが経験豊富なはずだし、個室にしたほうが周りを気にしないで済むので男子トイレも小便器をやめて女子トイレと同様にブース形式に統一して評判を得た小学校が紹介された記事を読んだこともあります。

この設計趣旨は大事だと意識にしていましたので、小学校の校舎の設計の際に男子トイレも小便器をやめてトイレを個室ブース形式で提案したこともあります。また、小学校時代は友達と集まる場所として結構トイレ回りのエリアが男女とも多い行動を鑑みて、トイレ回りのスペースを広げベンチを作り付けにして提案しましたが、その両方とも役所から何ら検討もされずに却下されました。理由は、文科省からの補助金で建築するので、その項目にそぐわないとの見解でした。

いまや方向性はこうですよと説得しても頑として拒否されたため、実現に至りませんでした。その経験から、なかなか発注者の意識がそこに至っていないと難しいなと実感しました。結果的には独り相撲を取っていた訳で、役所から見れば原資が国税である補助金の縛りがある以上はそういう見解しか取れなかったことは当たり前でしょうが、やはり残念な気持ちは残っています。

トイレ設計の一般論として、トイレ回りの利便性と清潔さを保つためには設計段階から検討していないと、いくら清掃員が毎日のように清掃していても、手が届かないとか清掃しづらい部分は自然と清掃する度合いが下がってきて、結果的に清潔さが保てなくなってしまいます。それは清掃員の怠慢だと片付けられない問題です。

と、いろいろトイレに関しても頭をひねっていましたが、先日目にした記事に、今まで全く意識していなかったことでショックを受けました。それはLGBTの人がトイレを利用しづらいという内容でした。

今やトイレといえば上に書いたように、男女、多目的というように3種類が当たり前にありますが、LGBTの人は、見た目と内面が違うために、見た目のほうのトイレを使うことに精神的なストレスがひどいとのこと。ならば多目的を使えば問題は解決するという安易な考え方も問題視されています。

身体不自由者でもないし幼児の同伴でもない自分が多目的トイレを使うことに罪悪感を持っているそうです。

これは全く意識していませんでした。もちろん過去に自分の周りにそういう人がいなかった、というより気が付きませんでした。その人たちは自分のそういう傾向を人に気が付かれないようにしていたためでしょう。

どういう方針を取ればいいのか今のところ私も戸惑っていますし設計の方向性もまだ見えていませんが、十分予想できることは特殊建築物や事務所ビルのトイレにそうした対策のトイレを設ける提案をしても、発注者に果たしてそれを受け入れてもらえる可能性は今現在の社会情勢でははなはだ心もとないということ。多目的トイレが普及してきた経緯を振り返ると、新たなこうした考え方は社会の許容量の問題になってきます。

安藤さんや隈さんのような発言力のあるメジャーがこうあるべきだと提言すれば世の中の先鋭的な感覚を持っている発注者には響くことでしょうが、社会の片隅で建築の設計をコツコツと取り組んでいる無名な建築士がどれだけドアをたたいても、まったくびくともせずに跳ね返されてしまうのは、何度も経験したことです。

学校のトイレの問題からLGBTの人たちのトイレの問題など、こと人の心理面と健康に重要な問題を含んでいるトイレいうエリアの設計は、まことに奥が深いと思い知らされたことでした。

トイレは単なる排泄行為だけを行うためのエリアではありえず、その社会がもつ多様性を受け入れるための許容量を計れるエリアかもしれません。




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