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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2007/11/12 (Mon) 08:38
バリアフリー

住宅や多数の人が利用する建築物にはバリアーフリーを取り入れるという考えが一般的になってきました。
バリアーフリーとはご存知のように利用する上での障害となるバリアーを取り除くフリーな状態にするという考えを元に、段差の解消や車椅子で利用できるエレベーターなどが住宅においても推奨されています。私も極力、その方針で設計に臨んでいます。

が、ただ単に段差をなくしてしまえばいいのかということに、長年なんだか引っかかりを持っていたのも事実です。

段差の無い身体障害者や車椅子での移動を強いられているお年寄りにとって優しい建築になりましたというお墨付きの印として、ハートビル法のマークを交付してもらい、目立つところに張っている施設を良く見かけます。

これは確かに親切な建築に違いないのですが、でも、それで全てOKなのかというように気持ちのなかで引っかかりがありました。

そんな時、自らが身体障害者で駅や道路などへのアドバイスをされている大学教授の講演会を聴く機会がありました。
様々なスライドが紹介され、是正前と後との利便性の向上は確かに目覚しいものがあり、それに応えてきた行政や建物の所有者の意識の高さに感心もしましたが、その中に出てきた改修方法と言うものは書物や役所から出されているハートフルな建物の設計ガイドのような内容とオーバーラップしていますので取り立てて目新しいものではなく、やっぱりそうなのかと言う気持ちのままスライドを最後まで見続けました。

スライドが終わって講演会の最後のほうで教授が発言した内容で、初めて私の中の引っかかりの正体が分かり、そういうことなんだ、と心底理解することが出来ました。

その教授が最後のほうで発言したことは

バリアーフリーと言うものは、お金さえかければ現在において考えられるあらゆる方法が取れます。車と交差せずに建物に安全にアクセスすることも可能です。でも、そのようなハード面でバリアフリーは我々障害者にはそれほど大きなファクターではありません。我々障害者にとって、最も大事で最も貴重なファクターとは人の心のバリアーフリーです。
街角で障害者を見かけた時、皆がさりげなく手助けをするような社会になれば、ハード面でのバリアフリーは重要ではなくなります。

私が段差をなくした、手摺をつけた、というようなハードのスペックに対して持ったなんとも説明のしようの無い妙な引っ掛かりが何だったのかをはっきりと教えてもらいました。

設計するに当たり段差や手摺をつければ良しと言う問題ではなく、本当に労わっているかという気持ちが入っているかという問題でした。翻って言えば、それまでそんな設計をしてきて、予条件を満たせれば済むという考えも確かにありました。

幸いにして今のところ私自身も家族も車椅子での生活や寝たきりの生活をしないといけない状態になっていませんので、口で言うほどどれだけその人たちの気持ちを汲めているのかということになると、偉そうなことは書けませんが、一つだけ言えることは、教授の講演会を聞く前と聞いた後でのバリアフリーへの考えかたが変わったということです。

バリアーフリーとユニバーサルデザインという両方のデザイン上での概念がありますが、その根本の構成は、建築は人が利用するものだという基本的なことを我々設計者は忘れ無い様にしなければいけないと思います。

初心忘れるべからずは、忘れがちなこのようなことを戒めた言葉ですね。



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