昨日書いたブログで、mさんから今用途変更のためのリフォーム計画中の建物で、やはり依頼者は柱を簡単に抜けると思い込んでいるとのコメントをいただきました。
こういうことになった原因の一つがガイヤの夜明けで放映されたように、構造面で無知な職人と職人に指示をしている発注者の影響が多大にあるようです。
また、あまりにもズサンすぎるので見なくなったビフォーアフターという番組で、そこでも簡単に柱や梁を抜いて改造するシーンが放映されていました。
改造を設計している設計者は本当に有資格者なのかしらと疑問に思うようなことが目にあまりましたが、この番組の影響はやはりかなりあったのも事実です。
設計料は放映されていませんでしたが、どう見てもコストがかかる改造なのになぜか工費はかなり安め。そのせいか、知り合いの建設会社の社長も、あの番組のせいで話が壊れたケースが結構あるようなことを嘆いていました。
私も数回リフォームの話が来た際に、ビフォーアフターで結構手間を掛けているにも関わらず安い工費が放映されていたので、自分が予定してる予算なら十分可能だと思いこんでいる方が結構おられました。
あれは番組上の話であって、現実はこうですよとお伝えした結果、依頼は瞬殺されましたが、あの番組は工事費は番組でカバーしている部分がかなりあった様子でしたが、そのことはあまり知られていませんでした。
もちろん設計料も伏せられていましたので、上記した方は設計料も込みで可能だと思われていました。
かほど左様に建築のことに無知なTV局の連中がとんでもない工事を、さもこれが当たり前だよというふうに放送するから、一般的にはそれが平均値だと思われてしまいます。
その番組に売名のために協力してきた設計事務所も罪作りなことをしました。
協力してきた設計事務所も、番組を見たからと依頼があっても設計料の面でどうしても折り合えずに契約できないケースが増えたとのコメントを見たことがあります。
申し訳ないですが、自業自得だと思いました。設計事務所は設計料で家族を養い、所員の給料を払い、そして自分たちが携わった仕事への責任を負い続けるという社会的責任を維持し続けるために、社会的に存続し続ける責任があります。
そのためにも適切な設計料というものは必要とされますが、どうしてもここがこの国の文化的意識の低い民族である事をさらけ出します。
つまり設計はただでだという認識は、広く社会的に持たれてしまっている。
そうした認識をあまねく広めているのが、ガイヤの夜明けのとんでもない中古住宅のリフォームであったりビフォーアフターという番組です。
将来的には中古住宅を再生するというプロジェクトがメインになると思いますが、そのためにも安心できる設計と監理がなされていることが必要です。そのことはボランティアでは不可能なことです。
適切な業務報酬があってこその適切な建物の継続した保存が可能になりますし、そのことが当たり前のように実現していく国になって欲しいものです。
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