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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2017/02/06 (Mon) 16:52
手術から退院まで

 年が明けて2週間後の14日に福岡大学筑紫病院に入院しました。生まれて初めての入院です。これから退院までのおおよそ16日間は2m四方のベッド廻りに少々余裕があるというスペースが我がテリトリーです。

 当日は午前10:30に入院手続きを終わらせて、入院フロアーの看護師に案内されて私のテリトリーに荷をおろしました。

 麻酔担当医、手術担当医から簡単な手術の方法、麻酔の方法などの説明。

 緊張をほぐそうという気持ちから、どうぞ安心してくださいと言われましたが、特に緊張もしておらず、いわばまな板の上の鯉の心境、といっても鯉になったことはないので分かりませんが。

 血液検査、レントゲン検査、など簡単な検査を済ませたらその日はお終い。食事も予想よりは旨く感じます。

 入院翌日。夕食は無し。下剤です。然し今回は今までよりは量も少なく、味もなんとなくポカリスエットっぽいので、これなら飲めると最初は思いましたが、おしまいの方になるとやっぱり段々と飲めなくなりました。そしてトイレに駆け込むことも今回も同じ。

 手術日の翌日は朝から絶食です。二番目ということでしたが、何時呼ばれるかわからないので、妻も早めに来ていてひたすらお呼びがかかるのを待ちます。

 12時を過ぎたあたりに看護師がやってきて、手術着に着替え。

 看護師が昨日は眠れましたかと尋ねましたが、もちろんぐっすり。緊張で寝られない人が多いそうですが、私はほとんど緊張していませんでした。私があれこれ考えたって己の力でどうなるものでもないので、そういうことには神経使いません。

 手術室の前で間違いがないように名前と手術場所を自分の口で言うことで確認します。

 担当の看護婦が次々にやってきて私を取り囲みました。全員マスクで目だけしか見えないせいか、皆美人に見えたのがラッキー(^^)

 その確認が終わった後、手術室に入ります。生まれて初めての手術室なので、チャンスとばかりに床、壁、天井の建材を見回しました。無影灯も昔病院を設計した際に取り付けた無影灯よりコンパクトだなーとか、天井は有孔パネルが張ってありましたが、アルミかステンレスかどっちかなーとか思いながら手術台に乗ります。

 大丈夫ですよと優しく看護師が言ってくれましたが、緊張していないのが申し訳ないくらいで・・・(^_^;)

 台の上で背中から痛み止めの点滴を入れるための場所を探すために横向きになって背中を丸めましたが、顔の横に何かあるなーと思ったまでは覚えています。それから後は、私の名前を遠くから連呼する声にだんだん目が覚めて来て、最初はぼんやりとしか見えませんでしたが、連呼していたのは看護師で、妻も同じように声をかけているのが目に入りました。

 あー、まだ変だ。お前が美人に見えるからおかしい。と言った所、それならもう大丈夫と妻の声。ドあつかましい(-_-;)

 それからが大変でした。これ以上ないというくらいの痛さで、予想以上の痛み。いろんなチューブがつながれているので、ベッドで寝ていても寝返りも打てませんが、痛みが激しくて 寝返るどころじゃありませんでした。

 後で妻から聞いたところ、手術は当初は4時間位と聞いたそうですが、実際は6時間かかったそうな。原因は私の内臓脂肪の量が多くて、内臓が真っ白で手術する場所を探すのに手間取ったそうな。

 いやはや内臓脂肪とは恐ろしい。退院したら内臓脂肪を減らす努力をしなくっちゃ。


術翌日
 
 トイレは術翌日から自分の力で行きました。起き上がるだけでも歯を食いしばりながら。ベッドから立ち上がるのにも腹筋を使っているのでお腹が痛むし、歩くのももちろん、トイレのドアを開けるのもお腹に来ます。

 トイレにいくためにベッドから起き上がるのはもちろんのこと、物を取るのにいちいち腹筋を使うのに腹が立ちます。

 痛みを我慢して歩くほうが治りが早いそうでしたので、激しい痛みを歯を食いしばりながらもゆっくりゆっくり病院の廊下を歩きます。その時は体温や点滴、血圧を測りに来る美形の看護婦にも気が付きませんでした。とにかく痛い!の一言。


二日目

 まだ痛みは激しいものの、前日よりは少しは和らいだような気がしました。なぜなら看護婦の可愛らしい笑顔が分かるようになってきます。食欲なんてものは皆無で、まだまだトイレに行くにも決断を要します。

 見舞いに来る妻との会話も、お腹に力が入らないので別人のようにか細い声しか出ません。
 
 廊下を歩くにも痛みを我慢しながら歩くので、歯を食いしばりながら手を握りしめてゆっくりゆっくりと歩きます。いやはや我が人生でこれほどの亀の歩みは始めてです。

 可愛い看護婦が、ガスは出ますかと尋ねますが、んなもんお腹に何もないんだから出るわけ無いじゃんと。


三日目

 ようやく三日目。指折り数えて3日経てば少しは痛みは減るだろうと当初期待していましたが、やはりだいぶ和らいできました。そして待望のガスが音もなく出ましたが、これがマア異常なほど臭く、しかもなぜだかそのガスが重く、なかなか拡散しなかったのには閉口しました。

 まだ食事は出ません。点滴で喉の渇きも食欲も感じません。ただひたすらに本を読むばかり。


四日目

 お腹を掴まれるような痛みはだいぶ和らぎました。ソレとともにガスがよく出ます。しかもやっぱりむちゃくちゃ臭く、そして拡散しません。

 だんだんと看護婦にも自分の中でベストファイブを選定。要はそんなことしか気が紛れませんから。

 本も少々分厚いやつでも一日で読んでしまうため、毎日洗濯物を取りに来る妻に本を持ってきてもらいます。マア、こんな時くらいしか妻には我儘がいえませんから。(^_^;)
 
 食事はようやく重湯など液状のものが出ました。


五日目
 
 これくらい経つと明らかに当初の激しい痛みは薄らぎます。もちろんお腹のアチラコチラはまだ痛みますが、だんだんと動きもスムーズになってきました。

 身体に繋げられているチューブもだんだんと減ってきます。ソレだけでも回復してきているという励みになりました。
 
 体温などを計測に来る看護婦にも冗談を言う余裕も出てきました。おっさんギャグにも笑ってくれる看護婦にどれだけ癒やされるのかを実感します。
 
 やっぱり白衣の天使ってのは確かに言えるな~と実感。看護婦がニッコリしてくれるだけでも本当に癒やされるんですよ~


一週間経つと、痛みもだいぶ納まり、ベッドから起き上がるのも、痛みはあるものの全く余裕になってきます。
 後は出所日を指折り数えて待つようになります。毎朝回診に来る医者とも親しげに話もできるようになりました。

 見舞いに来た妻に、やっと一週間経ったと言ったところ、もう一週間ね、と宣いし。彼女は生まれて初めての単身生活を楽しんでいる様子。

あのねー(-_-;)


 そんなこんなで、当初の予定通りに30日に出所できました。

 病院から出たときの空気の上手いこと。いやはや娑婆の空気はうめー(^_^;)

 それにしても可愛い看護婦が多くて、ソレだけでもラッキーでした。いつもニコニコしてもらって、おっさんのしょーもないギャグにも白けた顔をしないで笑ってくれた**さん、マスクをしてもマスクをとってもすこぶる美形にも関わらずニコニコしてくれていた◯◯さん。いつもニコニコしてくれている多くの看護婦さん。

 あなた方には二度と会うこともないでしょうが、どれだけあなた方の笑顔で癒されたか、感謝しています。

 わずか二週間の入院生活にも関わらず、体重は4k落ちましたが、その全てが細くなった太ももの筋肉でしょう。内臓脂肪が落ちる要素がありませんから。
 
今は徐々に徐々に体力の回復を図っています。まだスムースな動きができない面もありますが、スクワットも徐々に回数を増やしていっています。

2ヶ月後くらいには元通りになることを目指しています。



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