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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2016/05/27 (Fri) 08:36
熊本の友人は無事で安心しましたが

 昨日、熊本在住の中学、高校と同じ学校に通った友人に恐る恐る電話をしました。自宅に被害はなかったものの、ひょっとしたら避難生活を送っていてまだまともに生活出来ていないんじゃないかと、地震発生以来ずううっと気になっていましたが、呼び出しが鳴ってすぐ出たので、ある意味安心しました。

 その後の状況を尋ね、もしなにか不便なことが合ったら車で食材関係など積み込んで駆けつけようと思って、GoogleEarthで居住地も検索していました。高速道路もいまは渋滞もそれほど生じていない情報が入っていましたので、熊本まで1時間少々見れば着くという見当もつけていましたが、インフラも回復しているし日常生活に不便はないということでしたので、とりあえず安心しました。

 近況報告を聞いてからの会話は高校の同窓生の話になりましたが、彼は高校では文系の優秀クラス、私は理系のどん詰まりクラスとなりゃ、当然交流がないのも当たり前だのクラッカーなので、文系優秀クラスの彼の友人の名前を出されても、オイは知らんバイ。

 彼は結構長崎に帰っている様子でしたが、私は墓参と母の見舞いに行くくらいで、用事が済めばさっさと福岡に戻るので、長崎で知人に会うということもありません。

 高校時代は、進学高校に間違って入ってしまった影響で、勉強ができなかった私はカースト制度ごとき最下層の扱いを教師からモロに受けた屈辱感で、愛校心も当時の教師連中に対する尊敬の念もなにもありません。

 それとともに子供の頃は故郷とはいえ長崎という街自体も嫌いでしたので、長崎に戻っても同窓生に声をかけて会うということも一切しません。というより、できないといったほうが正しいでしょうか。成績も悪く、教師に歯向かって来た目立たなかった俺が声かけたってナー・・・という気持ちが起きて、なんとなく気が引けてしまうのが実感です。

 然し、その彼は友人関係も大事にしている心優しい男ですので、非常に人望も厚く、そこら辺は見習わなきゃいけないなと常々思っています。

 何はともあれ、その友人の無事な声を聞けて、やはりホッとしました。

 まだまだ熊本は瓦礫に囲まれています。そして、だいぶ減ったとはいえまだ揺れています。

 日本中、地盤の割れ目の上に生活しているということを実感させられます。



 

 

 
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