プロフィール

れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

FC2ブログランキング

FC2アフィリエイト

FC2アフィリエイト

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

2016/03/12 (Sat) 08:43
裸の王様の建築デザイナー先生

東北の大震災から5年が過ぎ、その間、建築家と言われる専門家は何をしていたのか、何ができなかったのかが気になっていましたが、専門書である「日経アーキテクチャー」にその特集が組まれていました。

 「建築の挫折」という特集ですが、その記事を読むと、建築家職能集団は、災害復興にあたりいろいろな提言をしてきたにも関わらずなんら力を持てなかったという懺悔のような記事になっています。

 また被害者のための建築であるはずのものが著名建築家による作家性を前面に押し出した建築が作られ、その結果、建築家が信頼を失ったという反省の弁も載っています。
 
 私もそういう建物が雑誌にこれみよがしに誇らしげに乗っているのを見ましたが、一体何をこの連中は考えているのかという疑問と怒りを持ったものです。

 住民のことは考えていなくて自分の売り込みしか考えていない。プロデュースした伊東さんも、何故あのようなデザインを許したのか。

 そもそもそうしたデザインを許した伊東さんの姿勢が、彼が言うところの被害者に寄り添うという考え方を希釈してしまったことに気が付かなかったのか、残念で仕方が有りません。

 伊東さんが設計した「みんなの家」という木造の全く何の変哲もない至極当たり前の建物があります。作家性の強い伊東さんにしては珍しかったのですが、彼が書いた「震災を機に建築の考え方を変えた」という本を読みました。

 それならばどういう建築的なアプローチをこれからしていくのかと興味津々でしたが、結局その建物一件だけが至極おとなしい物にしか過ぎず、それ以降の後の設計はやはり今までと変わりのない伊東調であり、上に書いた伊東事務所出身者によるこねくり回した建物はいかにもデザイナー臭がモロに出ているものになっていました。

 「らしい建築」という本で、作家性をモロに出している安藤さん、伊東さんなどを痛烈に批判していましたが、やはり伊東さんもらしい建築から抜け出られない様子です。

 日々、小規模の建物を必死に良い建築にしようと乏しい才能を絞り出し、汗水たらして設計している私のような地方の無名な建築士が何をコメントしても何の力も有りませんが、今回、小さな住宅を見積もり出した時に、建築会社の人から、「木造でこれだけの構造とデザインのレベルの高い図面を見たのは久しぶりだ。最近の若い建築士はデザインだけに力を入れていて、構造は我々に丸投げが多い。」というお褒めの言葉と建築士への批判を受けました。

 建築デザイナーとしてお高く止まっている間に、建築に関して構造の安全性、コストのなどに関してのイニシアチブは建築会社側に握られているということに気がつかないお粗末な実態を教えられました。

 建築士として自分が設計した建物の設計上の責任は全て自分が負う義務jがあります。そのためには単なる建築デザイナーであってはならず、木造住宅であっても耐震性を確保するためにはどういう構造にするという方針を伝える必要があります。それであってこそ、建築士としてのスタンスが保てると私は思っています。

 建築士は、自分はデザイナー先生だと勘違いしている間に、建築会社から馬鹿にされている裸の王様になっているのが実態です。



 

 
スポンサーサイト

<< ISと宗教とトルーマンと安倍晋三 | ホーム | 立て直しが必要な なでしこジャパン >>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP