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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2007/09/02 (Sun) 11:42
町並みの発生

民家と町屋の違いは、町屋とは町を形成する民家のことで、民家は総称です。
町屋とは特別な建物ではありませんが、町の中にある民家ならば田舎の民家と違って間口も狭く(その昔は、町内では間口の寸法で税金が決められていた時代もあったらしく、税金を軽くするために間口を狭くしました)奥行きを大きく取った形式が各地に存在します。

その中でいかに光や風を取り入れて快適な住空間を確保するかと言う先人の知恵が学べて驚嘆します。

町屋は町の中に存在していますので、大半は商業を営んでいることが多かったようです。

ココからは都市計画的な話しになって行きますが(ナニを隠そう、私の卒業研究は都市計画なのです。役人でもないので都市計画に携わることもありませんが・・)その商業が繁盛するためにはどうすればいいかということを考えなければいけません。

人が集まるところにはおのずから店が出来てきています。
城下町、門前町などの呼称はその例ですね。

封建時代は城を中心とした住居が作られました。
城は現代で言えば市役所とか県庁みたいなものだと思って下さい。

**藩というシンボルである城は、そのボスである藩主の住居兼藩士のための執務室でもあったので、武士は城の周辺に住んでいました。それは、いざ鎌倉って時には城にすぐに駆けつけられる目的もありました。

その武士に日常品を売る目的で、商業のための建物が次第に周辺に出来たのが城下町になります。

日用品を売る店が出来てきて賑わうようになれば、当然誰しも遊びのための空間も必要になり、今で言うところの居酒屋やら食堂などが出来てきました。

そのようにいろんな商業が雑多に出来るとどうなるか。

酒を飲みにいくのに隣に鍛冶屋があったり本屋があったりしたら、誰も飲みに行く気勢がそがれませんか?

そのような人間の心理面を計画に取り入れて、特定の場所に行けばたくさんの同業の店があって客にとって便利であり、店のほうもその目的で客が来るので効率的でもあるということから、居酒屋が集まった町とかラーメン横丁とかが出来たわけです。

今回も長かったぁ! また次回に。
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