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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2012/12/08 (Sat) 14:34

私の左耳は、赤ちゃんの頃に耳鼻科の治療ミスで聴覚を失って以来、聞こえません。

両親から聞かされていたのは、私が赤ん坊の頃に左耳が霜焼けになったので、評判の良い耳鼻科の所に行ったそうです。

その時、かすかにアルコールの臭いがしたけどまさか医者が昼間から飲んでいるとは想像もしないでいたそうですが、その医者が左耳の耳たぶの霜焼けの所に薬を塗るとき誤って綿棒のようなものを耳の中に突っ込んだそうです。

多分火が着いた様に激しく泣いただろうとは想像に固くありませんが、なにせ私の赤ん坊の頃の話ですので全く覚えていません。

赤ん坊というのは泣くのが仕事。

眠いといっちゃ泣くしお腹が空いたらもちろん泣くしオムツが気持ち悪いといっちゃ泣くものです。そんな時期に痛くて泣いてもまさか聴覚が失われているとは想像しなかっただろうと思います。

今ならば大変な医療ミスの問題になりますが、当時は医者といえば偉いものだと錯覚していた時代でもあるので、文句も言えない雰囲気があったのでしょう。

医者のミスで片耳が聞こえなくなったのは鼓膜が破れているためだと聞かされ続け、10年ほど前までそのように思い込んでいました。

ところが10年ほど前に耳鼻科で聴覚検査を行い、左耳がほとんど聞こえていないことに医者も驚いて耳の中を調べたところ、分かったことは中耳にある音を伝達する3つの骨の一つが欠けているということでした。

鼓膜が破れていると聞かされてきたという話をすると、鼓膜は再生するので中耳の骨の一つが欠けているということは棒状のものが突っ込まれたことが原因でしょうねと教えられました。

長年、そういう理由で右耳の聴力だけで生きて来ましたが、片方の耳しか聞こえていないということは何かと不都合なことが多かったものです。

まず、左の方から声をかけられても音が入ってくるのは右のほうなので思わず右を向いてしまい、左にいる人から笑われることもしばしば。それも単に笑うならまだしも、馬鹿じゃねーかと言うように嘲笑されることもあり、そんな時は屈辱を我慢して黙りこむしかありませんでした。

若いころのデートも、左に彼女が居るとき、都会の騒音の中や電車の中では彼女の声が聞こえませんでした。

医療事故で耳が聴こえなくなってしまったということを言えばよかったのでしょうが、最初から自分の欠陥を話す勇気も持ち合わせず、後で話すタイミングを失ってしまうことも。

今でもそうですが、左の耳が聴こえないことを伝えることは相手に余計な気を使わせることになるので、なかなか伝えられません。

私の左耳が聞こえないことを知っているのは家族以外では、昔からの2,3人の友人だけです。

今、唯一聞こえていた右耳にも補聴器をつけています。

右耳にかなりの負担をかけ続けていたせいもあり、右耳の聴覚も年々衰えてきましたが、今度、聞こえない左耳にも思い切って補聴器を付けることにしました。

生まれて初めて左から音が聞こえます。

確かに聞こえるレベルはかなり悪いのですが、話し声がかすかにでも聞こえることに感動しました。

両方から音が聞こえるという感覚は、赤ん坊の頃の耳を破られて以来です。
その頃の聴覚は発達していないことを考えると、本当に生まれて初めてという状態です。

右脳のすっかり消えさっているだろう聴覚の神経がどれほど働いてくれるかわかりませんが、左から聞こえるということは、本当に妙な感覚です。

当たり前のように両耳が聞こえているひとにとっては、この感覚、分かんねーだろうなー・・・・

それでも耳の良い人に比べるとはるかに聴覚は劣っていますが、少しでも聞き間違いが少なくなることを祈っています。

これで右脳を刺激して少しでも痴呆が始まるのを遅く出来ればいいなーと思っていますが、はてさてどうなんでしょうか。

しかし、私は子供の頃は小児麻痺にかかるし、事故とは言え左耳の聴覚を失うし、本当に病気ばかりしていたそうです。

良く立派に大きくならはったなー・・・・と、自分で言うかぁ?




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