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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2010/12/08 (Wed) 15:03
ジョン・レノン

新聞によりますと、今日は日米開戦の日だそうです。日中戦争に加えてこの日から日本は無能な当時の軍部に引きずられて、広島、長崎にトルーマンによる大量殺戮兵器を落とされるまで負け戦を続けました。

もひとつ、ジョンレノンが暗殺されて30年とか。

もう30年も経ったんです。30歳以下の人にとっては歴史上のことになりますね。

ご存知の方も多いことでしょうが、ジョン・レノンは本名はジョン・ウインストン・レノンという長ったらしい名前で、高校時代、近所でも有名な不良だったそうです。今で言うところのヤンキーとかチーマーということでしょう。その頃、クオリーメンというロックバンドを率いてバンド活動をしていました。
学園祭で演奏しているところに、クオーリーメンの仲間がポールマッカートニーを連れてきたというのが二人の出会いだそうな。この瞬間が、将来ビートルズとして世界を動かし、今でも超えるバンドが出てこないというロックバンドの萌芽だったんですね。

ビートルズも最初からスターダムにのし上がったわけではなく、下積みも何年か積み重ねました。しかし他のロックグループとは全く違うグループということで徐々に人気が出てきて、リバプールのキャバーンクラブで生演奏を聞いたブライアン・エプスタインがマネージャーになってから爆発的に人気が出た、というビートルズの大雑把な歴史を書きました。

その手のつけられない不良だったジョン・レノンが、音楽で天才的な才能を発揮し、さらには小野洋子と結婚したことで反戦活動を始めたことは有名な話です。しかし、もともとそのような気質が有ったんだろうと思います。アメリカに住んでいる間中、この二人はアメリカ政府にとっては危険な存在だったのでしょう。イギリスに強制送還するくらいでしたから。それだけ影響力が大きかったということです。

私にとってビートルズは永遠だし、そのリーダーだったレノン(ポール・マッカートニーがリーダーだったと勘違いしている人も居るかもしれませんが、レノンがリーダーだったんですよ)は、解散後の反戦活動を透して世界にメッセージを送り続けていた姿勢に共感することが多かったんですが、30年前の今日、ニューヨークで自分こそがジョン・レノンだと思い込んだ精神異常者から暗殺されてしまいました。

今日は、ジョン・レノンとビートルズの曲をBGMにしながら仕事しています。

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