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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2009/09/14 (Mon) 07:38
顔合わせ

昨日、次女の婚約者のご両親と顔合わせをしました。9月も半ばと入っても残暑も厳しかったのですが、幸いにも好天にも恵まれました。

顔合わせ会場には先に着席。程なく先方のご両親と婚約者、娘が揃って見え、双方の紹介から始まって和気藹々とした雰囲気で始まりました。
先方のご夫婦は四国からはるばる早朝に出かけられたとのことで、さぞやお疲れになられたのじゃないかと心配しましたが、そのような気配も見せることなく、気持ちのいいひと時をすごせました。

約2時間ほどでお開き。
先方のご両親と婚約者、娘は新幹線で帰りますので、改札口まで見送りました。
仲良く歓談しながら改札口の向こうに遠ざかる娘の後姿を見送るときに、ああ、我が娘も向こうの人になってしまうんだなと言う気持ちがこみ上げてきて、これは妻も同様に感じた様子でしたが、しんみりとした気持ちになりました。
帰りの電車の中では妻も私もなんだか無口になってしまいが、私は、この娘がまだ2歳くらいのとき、5歳の長女と一緒に背中に乗せてロディオのような遊びで、娘たちが背中でキャーキャーはしゃぎながら振り落とされまいとして私の背中にしがみついていたことが、ついこの前のように不意に思い出されてしまいました。

あの頃は娘共が喜んで歓声を上げる遊びが日常的に当たり前だったんですが、あの幼い娘たちと楽しく遊んだ日々が二度と戻ってこないんだなぁと。そして、あんな風に楽しかった日々は、今度はお前たちが引き継いでいくんだぞと、そんな気持ちにさせられました。

**(娘の名前と思ってください)、向こうのお父さんお母さんに可愛がってもらえよ。
**(婚約者の名前と思ってください)君、娘をどうか幸せにしてください。娘のこれから先の人生を、君に任せたよ。

私は子供が娘ばかりだったので、大きくなって恥をかかないようにと言う思いで、躾はかなり厳しかったと思っています。時には心を鬼にして厳しくしつけたことも数え切れません。目の上のタンコブになろうという気持ちでした。子供たちは小学校や中学校時代に友達の家と比べて文句を言ってくることもありましたが、そのときは、「それはその友達の家のルール、ウチにはウチのルールがある。」と話していました。

その反発で成長した娘どもは私を嫌って地元から去っていってしまいました。それはそれで仕方の無いことだと思っています。いつかは分かってくれるとも思っていません。所詮、父親の気持ちは娘に分かるはずが無いと観念しています。しかし、今になれば、娘たちに、もっと喜んでもらえるようにあんなことしてやればよかったとかこんな風にしてやればよかったとか言うことばかり反省材料ばかりが出てきてしまいます。

何もしてやれなかったような気がして後悔ばかりしていますが、もう遅いって・・・(-_-;)

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