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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2009/08/05 (Wed) 13:37
この国は

いよいよ裁判員制度が始まり、新聞で裁判の状況が細かく報道されています。それを読むと、なまじのドラマよりもリアル(当たり前)で、法廷の様子や裁判員に選ばれた人の様子、心境などがしっかりと読み取れます。
国民に義務化された現代版赤紙であるならば、私にもいつかはその赤紙が来る可能性はあるわけですので、その時に裁判に臨んだ時にどんな心理状況になるのか、予想しながら記事を読みました。すすんでなろうとは思いませんが、赤紙が来たら、これはこれで仕方の無いことです。

実際の裁判員になって法廷に臨むまでには裁判所での面接のようなものがあり、その段階で、思想的に問題があるような人は外されるようです。そうなると、わが身を省みて、思想的にどうなのか?と自問してみますが、ん~、自分のことをだれしも普通と思っているでしょうしねー。分かりませんね。

しかし、日本の法廷って言うのは、何であんなにたいそうに段差をつけて裁判官を見上げなきゃイケないような造りになっているのでしょうか。裁判官って、大衆を見下ろせるようなそんなに偉い存在なんでしょうか。最高裁判所の裁判官の席にいたっては、恐ろしく高いところにあるように見えます。その仰々しさは、とても民主主義的とは思えない。権威主義的で、戦前の帝国主義的国家思想の具現化そのものに思えます。

被告人は判決が出るまでは推定無罪の原則から行くと、見下ろされなきゃいけないはずは無いはずですが、見下ろされることだけでも、威圧感を覚えるのじゃないでしょうか。

アメリカの法廷では、TVで見ると裁判官の位置は法廷でも確かにちょっと高い位置にあるようですが、日本ほどではありません。同じ敗戦国のドイツでは、そういう権威主義的なことが間違いの元だという理念のもとで、裁判官の席も他と同じ高さで作られているという話を聞きました。
それこそが本当の意味での民主主義国家であり、裁判を国民の目線に沿うような具体的な作りではないでしょうか。

今度の裁判員制度で、文章も専門用語を平易に変える努力がされているようですが、いままでは難解な法律用語で専門化同志でやり合っていたわけですよね。裁判って、被告人や傍聴人は一般人であるのに、その人たちには理解できない会話でやり取りしていたってことですよね。

本当に日本って国は、民主主義国家なんでしょうか。
民主主義というのは、一般大衆が主権者であり、国の政策の決定権者であるはずですが、どうも戦後64年経って、一党独裁政党に政治を無批判に任せてきたおかげで、どこか歪んできてしまっているようです。

この国は、本当に、民主主義国家ですか?



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