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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2009/06/06 (Sat) 12:33
「実録 連合赤軍」を見て

「実録 連合赤軍」をDVDで見ました。

連合赤軍のことは若い人は知らないと思いますが、大まかに言うと70年代の学生運動の時に、武装闘争によって革命を起こして政治体制を倒し、共産主義による国家形成を目指した急進的極左集団でした。連合赤軍が起こした様々な事件は日本中を震撼させたものばかりでしたが、大菩薩峠における仲間同士の殺し合いと、警察機動隊に追い詰められてあさま山荘に立て篭もって銃撃戦を行ったことが有名です。

何故彼らがそういうことを起こしたのかを疑問を持ち続けていました。当時は新聞を読んでもさっぱり理解できませんでした。

「あさま山荘」事件を取り挙げた映画は過去にありました。TVでも放映されましたが、そっちのほうは警察にスタンスを置いた作りのようでした。私の疑問に答えが出るはずも無さそうでしたので見ていません。

結構長い映画でした。

赤軍の仲間が集まった山小屋で、テロ組織としての軍事訓練と教義の学習をしていたようでしたが、幹部であった森恒夫と永田洋子の独善的な言動に対して、他のメンバーは異議立てもせず、反革命的だと一方的に決め付けられた挙句の総括という名の死刑にも反抗しなかったようです。そうやって同志を次々に殺害していく経緯にメンバーが従っていた理由は、反革命的というレッテルを貼られることへの恐怖と、毎日朝から寝るまでの間、革命的なアジテーションを聞かされ、それにわずかでも同意できないような態度を取ると、総括という名の死に値するという森と永田の狂気に洗脳されてしまったのではないかと思われます。

しかし、なんと浅墓なのは、貴重な存在である同志を何故殺しあったのか。そうすることに何の意味を見出したのか。いや、見出せたはずが無いことはその後の顛末を知れば分かることでした。本来なら組織として同志を増やしていくべき戦略を持つべきなのに、その方向性を持てなかった大きな理由として、森と永田の指導者としての資質に大きな欠陥があったことははっきり分かります。森のエキセントリックな狭義の思想と永田の自己中心的に同性を追い詰めて殺した集団に、なんら革命的な思想性も見出せず、ただただ集団ヒステリー状態で突き進んでいった挙句、革命家を装った犯罪集団でしかなかった。

この犯罪者集団の影響もあるようですが、いまや学生運動は歴史の一こまのような風潮になってしまっています。しかし、当時、政治権力者のアメリカ追従に対して、愛国的な危機感を覚えた結果、全学連を組織化し、権力側に対峙した当時の若者の純粋さは、暴力面はさておいて、もっと評価してもいいのではないかと思います。

社会を変えていくのは、若者の大きなエネルギーが必要なのだから。


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