プロフィール

れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

FC2ブログランキング

FC2アフィリエイト

FC2アフィリエイト

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

2008/10/31 (Fri) 10:26
法事に行って思うこと

先日、**市の叔母がガンで亡くなったので、その法要に向かいました。

岐阜にいる長兄も飛行機で福岡まで来たのでJR博多駅で待ち合わせして一緒に向かいましたが、何年も会っていなかった長兄の外見の変貌振りに驚き、「えらい痩せたな」と言ったところ、「締まったと言えよ」との返答。しかし、饒舌ぶりは昔と変わらず、片道約2時間近い間、ほとんど一人でしゃべり続け、私はただただ相槌を打つだけでしたのでラクといやラクでした。
昔の漫才で頷くだけの芸人が居ましたが、そんな気になります。

叔母の家には親類縁者が集まっており、こんなときでもない限りは一堂に会して集まることも無いだろうということは仕方の無いことですが、叔母の娘どももすっかり中年のおばさんになっていて、幼稚園の頃のイメージしかなかった私はそのギャップに戸惑うばかりでしたが、キャラクターはまったくといって変わっていないようでした。

残された叔父も89歳という年齢で車椅子生活を余儀なくされていましたが、頭脳明晰なのはうらやましいほどで、昔のことも細部のことまでしっかりと覚えていたことには驚きました。

法事が終わって、兄弟で久しぶりにデイサービスに居る父の顔を見に向かいましたが、93歳になる父は悲しいことに痴呆がすすみ、われわれ兄弟の顔も覚えていない様子に何年ぶりかに会った長兄が涙ぐんで目の周りを赤く染めるほどで、先ほどの叔父と比べてしまい、なんとも悲しみを覚えてしまいました。

以前の父は難解な経済関係の学術書などを読んでいたにも関わらず痴呆になってしまうのを目の当たりにすると、あまり難解な本は結局字面だけを追うだけで、内容を理解するという本当の意味での脳の刺激にはなっていなかったのじゃないかと思います。

叔父、叔母、父、そして何年ぶりかに会った従兄弟達に会ってみて思うに、こうやって人は成長し老いて死んでいくことを永遠に繰り返してきているわけで、年取ってしまうことは避けられないことは当たり前ですが、死ぬ時に、果たしてわが人生に悔い無しといえるのだろうか、いえるような生き方をしているのだろうかと、自問自答するばかりです。

努力家だった長兄、人に優しい次兄にくらべると、なんのとりえも無さそうなわが身を忸怩たる思いで見つめるだけです。

久しぶりに会った兄弟、従兄弟達に幸あれと願うとともに、叔父、父、母が少しでも長く健やかにすごしてもらいたいと祈るばかりです。




スポンサーサイト

<< あめりかアメリカ米国 | ホーム | 建築士法改定 >>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP