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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2007/03/02 (Fri) 10:52
目の錯覚シリーズ その2

目の錯覚を利用したデザインの一つに、長いものを途中で膨らませたりムクリをつけたりする方法があります。
人の目は長い水平線を見ると、中央部分が下に垂れて見えるようです。これは人間の太古の時代の長い経験から、長いものは垂れるという自然界のでの現象を見続けてきたことにより、脳に刷り込まれた潜在意識から生じるものじゃないかと勝手に思っていますが、まんざら大はずれでもないんじゃないかと思っています。地球の水平線は球体ですので緩やかな曲面を現していますが、これも長く見続けていると曲面が意識の中で消えてしまってまっすぐな直線に見えるときがありますが、こういった現象を利用するデザインです。
最初に書いたような手法は、古い日本建築にも多々見られます。特に規模の大きい寺院建築では、屋根のデザインでこういった手法をとることが多く見られます。室内でも同じような手法が見られます。和室の人の頭の上に取り付いている長押という部材で、部屋の四方に壁に取り付いて回している化粧材ですが、大きい部屋の場合、この長押が直線状に長くなるほど垂れて見えることを避けるために中央でわずかにムクリをつけることで、水平に見えるようにしています。
次に垂直線ではどうでしょうか。建築の世界では垂直になるものは柱や壁がほとんどですが、古来、構造体としてがっちり見えないと不安になるものといえば柱です。この柱も同じように長くなると、大規模な円柱に限って言えば、これもやっぱり真ん中あたりで細くなったように見えます。
現代の建築デザインでは細いほうが望まれますので大きな問題とならないのでしょうが、昔は柱が建築物を持たせる唯一の部材であったので、細く見えることは頼りなく見えるために、特に権力者に関係するような規模の大きい建築では権勢力の面でマイナスと考えたとしても不思議ではないでしょう。権力者とか大金持ちが己の権勢を誇示するために、大きな建築物を建てるとか豪華なものを身に着けるとか高級車に乗るということは、古今東西変わりませんから。そう考えると、文明の進歩に比べて人間の精神構造は大して進歩していないとこが分かりますね。
柱の話。
で、どうしたのかと言うと、真ん中あたりを膨らませたわけです。
この方法は、特に円柱の場合に限定してみれば、エンタシスと呼ばれている方法で、有名なところではパルテノン神殿の柱や東大寺南大門の柱に取り入れらています。エンタシスと呼ばれるのは「頂部が底部より細くなっている円柱において、直径の減少をやわらげてみせるために円柱の率面の輪郭を曲線状にすること。底部の直径よりも中間部分の直径が大きい場合は膨張であって、エンタシスではない。」(建築用語辞典)といった定義がありあますので、何でもかんでもそんなにしている柱はエンタシスだというわけではないのですが、パルテノン神殿のころから、人間は目の錯覚を意識していたわけですね。
しかし、目の錯覚ならば、人間の体型って円柱と言えなくも無いのですが、女性は真ん中が窪んでいればますます窪んで見えるということもあまりないし、真ん中を膨らませたら、やっぱり出っ張りに見えるということは、やっぱり垂直方向の長さが足りないんでしょうね。ということは、人体に関してはこの錯覚は通用しないという結論です。
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テーマ : 建築デザイン - ジャンル : 学問・文化・芸術

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