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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2019/06/30 (Sun) 09:42
不思議な現象

母がなくなって納骨するまで、私の家で骨壷とご位牌などを安置していますが、安置して以来、どうも不思議な現象が起きています。

一人で事務所で仕事をしていると、家の中でパタンという音が時々聞こえてくるようになりました。

ン?隣家から?と最初は思いましたが、音がクリアーなので家の中としか思えず、あれま、おふくろが来たか?
と。

も一つは、線香やろうそくは火の始末が問題なので安全を考えてLEDの製品を使っていますが、ある朝起きると、ねじ込み式のろうそく部分が外されて、乾電池部分も電池が取れていました。

以前なら猫がいたので猫の悪戯だろうかと思えますが、猫がねじ込みのろうそく部分を外せるわけもないし。
その現象を目の当たりにしたときには、頭の上に?マークが10個ほど立ちました。

なんでやねん、とこういうときには関西弁は使いやすい。
九州弁には適切な言葉が無かとやもんね。

何かのはずみで取れた、ということでもねじ込み式のろうそく部分が回って外れるわけもないし。
まず私はTVでよくやる心霊現象とかオカルトとかには全く興味も信じてもいませんが、
さすがにこういう現象が起きると、

おふくろ、いたずらするなら出てこいや。

おふくろがなにか不満なん?と思っています。

出てくるんなら姿を現してもらったほうが寂しさが紛れるのになー
とひとりごちています。






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2019/06/12 (Wed) 11:08
母が鬼籍に入りました

私事ですが、さる6日22時に母がなくなりました。

当日は危篤という午前中に連絡を受けて急遽長崎まで車を飛ばしたおりには、なんとか持ち直したことを見届けて一安心して自宅に戻り仕事をしていましたが、夕方に再び連絡が来て、とるものもとりあえず再度長崎に車で向かいました。

一日に2度、長崎に向かうことは流石に疲労もたまりましたが、そうも言ってられません。
こうなると、車を手放そうかと思っていたところ予想外に査定が低かったので売却を見送ったことが良かったというしかありません。

20時ごろ着き母の居室に入りました。長崎在住の兄が来ていましたが、母はもはや意識もない状態でした。

施設からの連絡を受けた東京の兄も急遽長崎空港に着いた連絡がきましたが、果たして兄が間に合うのかどうかという状況でした。母の手をずっとさすり続けましたが、初めて母の指が細くて長いということを知りました。
さすり続けている間にも、意識が朦朧としているにもかかわらず、時々一瞬目を開けて目線が合うことが有りました。懸命に生きようとしてるのだろうと思い、私も少しでも命を永らえさせるために懸命に手を擦り続けました。

長崎の兄は、母の体温が高いことを心配し、医者から水分を取らせたほうがいいということを聞いたことで、ゼリー状になった水を口から無理にでも飲ませようとし続けていましたが、東京の兄が病室に入って間もなく息を引き取りました。
結果的に無理に水を飲ませようとした行為が引き金になったようなものでしたが、長崎の兄の行為は一生懸命だった事がわかるだけに気持ち的には複雑な感情を持ちました。

私服で来ていましたし、頭書は施設の来客用宿泊室に泊まるつもりで着替えやタオルなども近くのスーパーで買い求めていましたが、22時過ぎであれば自宅に戻りって喪服などの準備をするために一旦福岡に戻り、仮眠をとってから翌日に来ることにして、深夜、大雨の仲、高速を走りました。

これが実に緊張しました。

そもそも深夜の高速道路はあまり経験がなく、しかも豪雨の高速道路は経験は初めてでした。
走行車両は少ないとはいえ視界は極端に悪く、ハイビームでは高速道路の標識が反射して路面が見づらいということもわかりました。
緊張したままに福岡に戻り、喪服などを準備して翌早朝に再度長崎に向かいました。

今度は今までの施設ではなく葬儀場。
ここは以前、父の葬儀をしたところなので道はわかるはずでしたが、ナビへの入力が悪かったせいで、予想していた方向と違う方向に案内してくれます。
おかしいなと思いつつも言うとおりに走り続けたら、葬儀場と真反対の場所に来ました。

その間、仕事関係の方々に事情を説明するために電話連絡をし続けましたが、役所の担当者に連絡をした時に、思わず涙と嗚咽がこぼれ、しばらくは声が出ませんでした。
冷静なつもりでいましたが、これには我ながら意外でした。

葬儀の間は、数年ぶりに逢った身内関係者やその子どもたちと和やかに談笑しましたが、火葬場で窯入れの前に棺桶の蓋を開けて母の顔を見たときには、涙が溢れ出しました。

これで二度と会えないと実感した瞬間です。

兄たちと思い出話に盛り上がりましたが、共通していたのは、気が強く厳しい母だったということでした。その気の強さは入所していた施設の中でも飛び抜けていたらしく、さもありなんと納得したものでした。

その気の強さは兄弟の中で誰が継いでいるのか盛り上がりましたが、しかし、兄弟全員が愛情深く育ててくれたことに感謝しても足りないほどです。

愛情深く育ててくれたにもかかわらず、相変わらず心配をかけ続けている不甲斐ない不肖の息子のままで、本当に申し訳ない思いをしています。




2019/06/05 (Wed) 08:54
この国の姿は自慢できますか?

日本中で、高齢者による車の運転ミスで多くの人が殺され、逆走して交通事故も多発し、引きこもり男に大事な将来を作っていくはずの子どもたちが惨殺されているにもかかわらず、大多数の日本人は「令和初なんじゃら」とか言うネーミングをつけることで悦に入っている精神障害状態です。

令和(あーめんどくさい)なんじゃんらで浮かれている間に、日本に将軍様がやってきて、日本州知事はプライドも何もかなぐり捨てて媚びまくり、将軍様に喜んでもらったと誇らしげに間抜け面をますます膨らませ、その人格障害者の将軍様を喜ばせるためにん兆円もする武器を買いまくりました。

そのお金は、間抜け面の州知事の個人の懐を使うのならいざしらず、皆が皆我々国民の血税であることに、どれだけの日本人が自覚していることやら。

巷では本も出す芸人が書いた捏造日本史を批判した作家の本は自分の出版社からは出さないと、その極右的体質を顕にした幻冬舎社長が息巻いていましたが、もとからこの男の矜持の底の浅さは、例の酒鬼薔薇が書いた本を自分の後輩から出版させたという社会的規範感覚を持ち合わせていない輩だということがバレています。
私はその事実を知ってから、この幻冬舎とその配下にある太田出版社から出ている本は一切購入しないことにしています。

まあ、私一個人が起こす行動には、件の出版社には痛くも痒くもないでしょうが、山椒は小粒でもという気概です。

話を戻して、諸外国まで呆れた日本州知事の将軍様への過剰な接待でしたが、日本人はどこまでお人好しなのか、将軍様が喜んで帰ってくれたので良かったよかったと喜んでいる様子に、この国はどんどん衰退していくと実感しました。

この体たらくでは、国力的に韓国からも間もなく追い越され、インド、東南アジアからも負けることでしょう。

いつまでも日本人は優れた民族、清冽な民族だと自画自賛していい気になっている間に、国としての力はどんどん衰退していっています。

近い将来、中国にも飲み込まれる危機感を持つべきですが、相変わらず愛国心に満ちた右翼の方々は、いざとなったらアメリカが助けてくれると思っているめでたさに、どうしてそこまでアメリカを信用しているのかが不思議でならない。

私達の子供の世代、孫の世代に至るまで、この国がまともに存在していくのかという危機感も持たず、この国の指導者にこのような無能な男を置き続けている有権者たる我々一人一人が責任を実感すべきでしょう。

莫大な借金を我々一人一人の子孫に平気で残しつづける民族なんですよ。自分の懐が傷まなければ関係ないとでも・・・・










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