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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2015/08/24 (Mon) 17:35
今年はなんて年だ!

 今、九州北部に台風が近づいています。

 今年はやたらと来るなー・・・・

 皆様方の地方には影響がないことを祈ります。

 台風が過ぎたら、私が設計した住宅の被害の有り無しの電話をかけまくります。

 どうか、被害が有りませんように。。。
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2015/08/16 (Sun) 10:10
長崎への墓参り

 昨日は旧盆最終日。同じ長崎出身の妻と墓参に長崎までJRで行って来ました。長崎には昼前に着いたので、食事してから墓参しようということになりアミュプラザ5階の食堂街へ。

 お盆とお昼時が重なり、ごった返してどこも空き待ち。どこにしようかとウロウロしましたが、そもそもあまりこのアミュプラザで食事もとったこともそれほどなく、以前入った店もかなりの混雑ぶりで、私はたとえ旨くても並ぶくらいなら少々まずくても空いている店がいいという主義なので空いてそうな店を物色しましたが、妻はお昼なのに空いている店は避けたい、という意見。
 
 我が家の西太后の御意のままにそこそこ混んでそうな店に入ろうとしたところ、既に満席なので予約カードに記入してくれとのこと。まあしゃーないなと、名前を書いて待つこと約5分。席に案内されて、私は当り障りのないカレー、妻は長崎だからとトルコライスを注文。

 もろバイトという感じの可愛いウエートレスに思わず目尻が下がましたが、出てきた料理が最悪。よくもこんな味でこんな高い料金を取るかと思うくらいの不味さ。妻に至ってはあまりの不味さに残してしまいました。美味しいものには目がないあの(といったって分かんないですよね)妻がですよ。見た目はレストランなのに味はもろにレトルトや冷凍食品からの解凍のものの味。そりゃムカつきますよね。

 二度と行かない店になりました。その店の名前は営業妨害になるので名前までは書けませんが、5階のエスカレーターを降りてラーメン屋、うどん屋を過ぎたところにあります。一見美味しそうに見せた戦略に乗せられました。こんなんならうどんか長崎のソウルフードのちゃんぽんにすりゃよかったと後悔しきり。

 しかしこんなもん出してたら長崎の評判落とすぜとひとこと言いたいところでしたが、温厚な私は黙って店を出ました。

 その後は妻の実家の墓参り。これがまた階段を延々と登ること。スカパレの暑い日でしたので、毎度のこととはいえすっかり汗まみれ。

 その後、おやじが入っている春徳寺まではクルマに乗るほどの距離でも無し、かと言って電車通まで出るのも面倒ということで、とことこと二人して汗を滝のように流しながら歩きました。

 ご推察の通り、とにかく長崎の墓は階段の上です。日当たりのいいところですが、墓参は大変。夏は暑いは冬は寒風に吹きさらされるわですが、それはまあともかくこんなに汗まみれで墓参したので、双方のご先祖(つっても、私の方はオヤジしか入っていないんですが)様から、せっかく現世に戻ってきたのに誰も来とらんやっか、と文句言われなく済みます。

 帰りのJRでは、歩き疲れてぐったりでした。お互いもうジジとババだしね。

 往復のJRでは、家並み、町並みを眺めていましたが、やはりこれはという建物はほぼ皆無に近い。1,2件あったかどうかという程度でしたね。参考になるようなデザインも目にしませんでした。

 工場も、機能的であればあとは何もせんでヨカけんね、というようなものばかりでした。
 
 民家で茅葺屋根の家が目に入りましたが、その横に建っていた民家がこれまた何も考えないで作ったような、なんじゃこりゃーの代物。対比的に茅葺屋根の存在感が強く印象に残ったものがあった程度でした。

 でもま、普段は車で移動する事が多い中、こうやってJRでの移動は運転しないで住む気楽さと建物を見る楽しみというものはありますが、毎回同じルートですのでこれはという建物は覚えてしまっているため新鮮さはないですけどね。

 
  

2015/08/11 (Tue) 08:18
過去のトイレのブログで間違っていましたので、謝罪と訂正です。

過去に、トイレの換気扇のことを書きました。(2011.10.28 「今日はトイレの換気扇の話」)

 一般的にトイレの換気扇は上部に付いていますが、メタンガスは空気より重いので床近くに換気扇をつけたほうがいいということを書きましたが、しかしこれが今日、お読みいただいた方からのご指摘を受け、慌てて調べたところ、間違っていたことがわかりました。

 メタンガスは空気より軽いという事実です。

 今まで真逆に思い込んでいた誤りに全く気がつきませんでした。
 お読みいただいていた方に間違った情報をお伝えしたことを謝罪いたします。m(_ _)m

 トイレの換気扇を天井ではなく便座から下につけるのは臭気を感じなくするための方法ですが、その時のブログの前提条件がずれていました。

 出入口のドアの上部に給気スリットを設け換気扇を便座のレベルに取り付けたトイレは、やはり臭気はあまりしないという経験はありますので、その手法自体は間違っていないと思います。

 メタンガスに関する情報が誤っていましたので、お詫び申し上げます。m(_ _)m

 改めてこの貴重な情報をご指摘していただいた、nさん に感謝申し上げます。本当に有難うございました。m(_ _)m

2015/08/07 (Fri) 17:46
何事にも責任を追わない国民

 広島の原爆投下日は過ぎて、長崎人として忘れてはいけない9日が明後日に迫っています。

 敗戦後70年になり、安倍ルフが首相になって以来、世情がきな臭くなって来ています。

 安倍ルフのお友達が次々と低能さ丸出しの発言をするに従い、さすがにのほほんとしていた若者と市民が危機を覚えて声を出し始めました。安倍ルフと弁護士資格を剥奪して欲しい奴らとして高村や自民党の歯止めになるということはもはや誰も信用していない公明党の連中が、戦争法案は違法ではないと強弁するほどに国民との乖離が顕著になり支持率もようやく下がりはじめたところ、いままで俺の言うことを聞いてりゃいいんだという高圧的でそれが通用すると錯覚してきた低能安倍も、やっとこれはマズイと思い始めたようですが、この男や上に書いた弁護士もどき連中を政治の世界から追放するくらいでないと、どんどん日本は戦争責任も取らないままの人のせいにする体質を継続し続けて、そのうち中国が悪いとか韓国がいじめるとか言い始めるだろうということは充分に予想できます。

 自民党の武藤とか言うお粗末な議員がまたバカなツイートを出したようですが、相変わらずこのような奴が次から次に出てくる今の国会議員のレベルはどういうことかを真摯に考えましょう。

 先の磯崎やこの武藤などの低能な議員を選んでいるのは我々選挙区の国民だということ。つまり、その連中を選んだ選挙区のの有権者が無能だということを日本中にさらされているのと同じだということにプライドがあるなら怒りをもちましょう。

 それにしてもドイツとの責任のとり方、戦後教育の仕方に、これほどの差がどうして出来るのか、信じられない程です。

 ドイツは真摯に反省し、ナチスドイツのしたことを隠し立てしないで教えていますし、いまだに戦争犯罪者を追い詰めています。片や日本は、戦争はアジアを欧米諸国から開放する目的だったとか、追い詰められて仕方なく戦争を始めたとか、ようするに起因を他に置いて責任逃れをいまだにづつけており、しかもそれが自民党の低能議員には通用していることに驚きます。

 いったいどうして日本が戦争を始めることになったのか。正確な情報がどこにあるのか。知りたくてもなかなか得られません。

 我々が受けた日本史では、どうでもいいような大昔のことに力を入れていました。現在から未来に生きていく若者にとって、そんなことはどうでもいいと当時は正直思っていました。当然のように歴史に興味を持てず、勿論成績もそれなりでした。

 ところがドイツではその戦争の原因を教育にしっかりと取り込み、二度と繰り返さないように国家として取り組んでいます。

 方や戦争を起こした国のこの国ではどうでしょうか。アジアを開放する目的で、その国の国民を本当に大事にしましたか。抑圧し虐殺し、日本帝国の思想を押し付けた事実があるから、近代史を教えられなかったのでは。

 本当の戦争の原因は何か。

 昭和天皇は何故責任を取らなかったのか。敗戦を受け入れ、早い戦争終結の決断を出せるのは天皇しかいなかったハズ。

 天皇が真摯に平和を願ったならば、真剣に国民の安寧を願ったならば、沖縄も、広島も、長崎も、あれだけの市井の民が虐殺されることはなかったはず。

 そこには自己保身があったのではないか。

 そして戦争責任を負わなかったことが、日本人の何事も責任を追わない民族につながってしまったのではないかと思っています。

 その結果、戦後70年を経ってA級戦犯であった岸信介の孫の安倍ルフのような、加害者であった戦争に対する反省の姿勢が欠落した人物が登場してきたということになると思います。

 我々日本人は、こんな男やその取り巻き連中によって世界に冠たる第9条がある憲法を勝手に解釈変更することで、ふたたび戦争が出来る国になるのをただ黙って見ているだけでは、やはり民主主義国家になれなかった国だと世界に晒すことになります。

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