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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2011/05/24 (Tue) 01:43
父が逝きました

父が昨夜23時40分に亡くなりました。

昨日は病院に見舞いに行ってきて、それが最後の父の姿になりました。

臨終の場には立ち会えませんでしたが、昨日、最後に会えたのはよかったと思っています。

しばらくブログのほうは休ませていただきます。

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2011/05/18 (Wed) 11:52
父の残り日数

先日、父の余命が半年とこのブログに書きましたが、両足が壊死状態に陥り、肺炎も治らず熱が続いている状態で余命があと2週間と宣告されました。

昨日、妻と広島で働いている長女を連れて長崎まで見舞いに行きました。

おそらく呼吸をしている父を見るのが今回で最後になるだろうから。

歯が亡くなった口をあけてこん睡状態の父の顔を見ていると、言葉を失います。

今朝、新聞で野球のグローブがグランドに置いてあるだけの写真が載っていたのを見たとき、私が小学生のころのキャッチボールの話も書きましたが、野球が下手でだれも相手にしてくれない息子をかわいそうに思ったのか父がグローブを買ってきてくれたことをありありと思い出しました。

結局はあまり使われなかったのでいつまでも新品同然でしたが、それでも私は嬉しくていつもワックスをかけていました。

父としても息子の喜ぶ顔を見たかったんだろうと、子育てをして初めてその時の父の気持ちがわかると同時にそのことが思い出されて涙が出そうになりました。

父さん、その時はありがとう。
とてもうれしかったよ。
ほしくて仕方がなかったドロップハンドルの自転車も
買ってくれたよね。
長崎じゃ坂ばかりなので乗るのは大変だったけど

運動神経が父さんに似ず母さん似だったようなので鈍くて歯がいかっただろうね
勉強のほうも期待してたほどじゃなかったしね。

もうすぐ向こうに行ってしまうことも父さんには分からない状態だけど
父さんからしてもらったことは忘れないよ。
俺も、娘たちに同じようにしてやりたいと思うよ。

寡黙なほうだったけど
新聞は絶対朝日新聞しか読まなかったし
友人関係に共産党員がいたことで
父さんの考え方が大人になって分かるようになってきたよ

今、俺も朝日新聞を読んでるし
いろんな話はしたことがなかったけど
考え方に父さんの影響があったんだろうなと思うよ

一緒に居られるのはもうそんなに残されていないけど
せめての償いに
残された日数の間
可能な限りまた長崎まで会いに行くよ

2011/05/16 (Mon) 08:14
石場立て工法概説

一般的な木造住宅の土台というのは、105~120ミリ四角の木材を基礎コンクリートの上に並べて基礎とアンカーボルトで緊結させ、その土台の上に柱を載せる方法が取られています。

この方法のメリットは、柱の位置出しが簡単なことと木材を組み立てる時の固めやすさということもありますが、デメリットは、そもそも木材に一番強度がある繊維方向でなくその直角方向に柱を立てる関係上、その重みで柱が土台の中に僅かでも食い込むという現象が起きます。

柱からの応力は土台→基礎→地面と流れていくことはお判りでしょうが、食い込みが生じることで応力のすべてが地面まで伝わらずに一部の応力を土台が吸収してしまうことになります。この応力はどこにも伝わらず解消されない内部留保の状態のまま存在し続けます。
したがって地震時の過大な応力が作用したときに内部留保の応力を抱え込んだままの土台が耐え切れなくなり、割れたり破損するというケースが見られるのはこのことが原因だと考えらます。
柱が土台から抜けることを防ぐための金物(ホールダウン金物)が義務付けられていますが、土台のこの現象はこの工法では防げません。

それに対して石場立て工法はどんな工法なのか。

木材の繊維方向の圧縮強度はコンクリートに引けを取らないことは実験的に実証されています。簡単に描くとこの木の繊維方向に持つ本来の強さを生かした工法が「石場立て」という工法です。

この工法では柱は石やコンクリートに直に載せられます。
土台の上に載せる方法ではないので柱の位置出しに技術が要求されます。土台があればあらかじめ柱が乗るところにほぞを切り込んでそこに柱を立てるわけですが、石場立てでは、あらかじめ柱の位置のことろに石やコンクリートを正確に置く必要があります。この位置出しが狂ったら構造として成り立たなくなります。

柱の下に石が正確に置けても、柱を組み立てる時には土台のように柱の根元を固定するものがないために不安定な状態になります。そのために柱の間を貫という横方向の材木で固定させます。これが固まらないと上を固めることができません。

柱の根元を貫で固めるといっても貫そのものも柔軟性がありますので、当然上部の耐震性を確保する工法としては従来の構造用合板のようにいわば木造における壁工法的な作り方は不適切であり、貫工法もしくは筋違工法となります。

ここまで書くとこの石場立てという工法は、一般的な基礎工法と比べると手間暇がかかることが容易に予想できることと思います。つまりコストがかかるということになります。

私は残念ながらいまだにこの石場立ては実現したことはありませんが、いつかはチャレンジしてみたい工法です。

でも我々の仕事は依頼者に了解していただかない限りは、いくらこちらでこの工法を進めても実現不可能です。著名建築家のように自らの思いのままに取り組むことを依頼者が認めている、あるいはそのことを期待しているケースもあれば、依頼者には何の了解も得ずに勝手に自らの判断で決めてしまうような悪質な設計者も存在するでしょうが、依頼者の意向を最大限尊重すべきという当たり前の気持ちで取り組んでいる私としてみればそんなことはとてもできる相談ではないものですから。

建築は芸術のカテゴリーに含まれていますが、絵画や彫刻などの作者の自らの感覚で創作できる純粋芸術と違うことは、このように依頼者が存在しない限りは何物も実現できないというところが厳しいところですね。
親が金持ちでもなく高学歴でもない建築家がデビューするきっかけとしては、身内、親戚、もしくは自宅を自らの設計理念を込めて作った住宅を雑誌やTVで取り上げてもらって、そこから依頼をしてもらうというケースがほとんどです。

2011/05/06 (Fri) 09:31
大渋滞の高速道路で

連休中に父の見舞いに向かいました。
埼玉に居る長兄もやってくるというので久しぶりに3兄弟がそろいます。

兄は飛行機で大村空港までやってくるので、私が迎えに行くという段取りで高速に向かいました。

高速の入り口の表示で渋滞20kと出ていたので、それならば一般道路をしばらく走り渋滞が解消される鳥栖ジャンクションで高速に乗ろうと判断し、国道3号線を鳥栖に向かって走行。
その3号線も最初は高速を避けた車で混雑していましたが、しばらく走ると快適に走行できて高速に乗るより早く目的のジャンクションに到着。

高速はいつもよりは混んでいましたが、まあ連休だしこんなもんだろうと思いつつ我がポンコツ車を走らせていました。ガソリンは満タンにしたし、タイヤも昨日新品に変えたので快適走行のはずでした。
ところが途中で道路情報を目にしたところ、佐賀北方あたりで渋滞5kのサイン。

5kならそれほどじゃないなと思いつつ、しばらく走ると今度は7kと表示。
フムム・・・なんか嫌な感じ、と思っていたところ15kと最後に表示が出てその渋滞している最後尾に到着。
あっという間に私の後ろにも道が、いや、車が並びました。

停車と時速10k程度のトロトロ走りの繰り返しでスピードも上がりませんでしたが、佐賀北方と出ていたからそこを過ぎたら飛ばせるだろうと思いひたすら我慢。

しかし北方過ぎても渋滞は解消されず、先頭はどこなんだと視界が開けた場所で見通しても、はるか先の数キロにわたって車の列が続いている状態。
まいったなとぼやいていたら、生理現象が体の奥からジワリと感じられてきました。

周りを見たところ家族連れの車が多く、当然子供連れの人も多いでしょう。
私も子供が小さいときにこんな渋滞に巻き込まれた経験からして、生理現象を子供は我慢できないので可愛そうです。こんな時用に車内で使用できるグッズを用意していないと大変です。

それだって子供なら車内でできても、いい歳したおっさんじゃねー・・・。
周りの車の目線も気になるし、一人じゃハンドルもちながら、という器用なこともできないし、・・・あれやこれや考えながら、そっちのほうに気が向かないようにひたすらいろんなことを考えましたが、そんな思惑をあざ笑うかのように、だんだんとやつは近づいてきて腰のあたりをもぞもぞさせてきました。

早くPAに着かないかと焦りました。
学生時代に授業中に催したのを必死で我慢したこともたびたびでしたが、あまりこんな経験は積み重ねたくないものですからね。

ようやくPAの「あと2k」という標識を目にしたとき、その「あと2k」がなんと遠いこと。  
あと2k、あと1kと言いながらひたすら我慢。

そんなこんなでようやく到着したPAもやはり大混雑。

それでも少しの隙間に止めてトイレに一直線。こんな時は軽は便利です。

女子便所は長い行列でみなさんあきらめ顔で並んでいましたが、男子便所はまったくのフリー。
こんな時は本当に男に生まれてよかったとしみじみ思いますね。

男子便所のブースの前には、幼い女の子を連れたお父さんたちが並んでいました。
早く済ませられるといいねと、用が済んで余裕が出てきた私はその小さな女の子ににっこり微笑(んだつもり)みましたが、微笑まれた女の子はギョッと言う顔でお父さんの手をしっかり握りしめました。

ん~・・・ そんなに人相悪かったかなぁ・・・・

有田の陶器市に向かう車だったということがあとでわかりました。

本来は渋滞するのがわかるこんな時期には移動しないんですが、今回ばかりは仕方なかった。

しかし、高速道路ってどんなに混雑してもどんどん入れるんですね。
予定より時間がかかったのなら高速の意味ないから、払い戻ししろよと言いたいところですね。

道路公団は、ぼったくりバーと同じです。



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