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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2011/04/30 (Sat) 10:11
在来木造住宅の地震対策

東日本大震災が起きて以来、あちこちで地震が頻繁に起きるようになりました。ここ福岡ではまだそれほどの地震は発生していませんが熊本や大分では震度3レベルの揺れが時々起きています。

こんな時、木造軸組工法で作られた自分の家は大丈夫なのかと心配になることは当然でしょう。ご心配な方は私のホームページ(右の「松尾和昭建築計画室の紹介」をクリックしてください)のトップページにご自分でできる簡易診断を載せていますので試してみてください。これは日本防災協会で作られている診断用の資料を記載しているものです。

この診断の場合、詳しくは専門家に依頼してくださいと出ますが、われわれ専門家による現場調査の上で行う耐震診断でも最近の基準で作られていない木造住宅の場合、筋違や構造用合板による構造壁がバランスよく適切に配置されていないと、そのほぼすべてが耐震性に問題アリと出ます。

ここで在来軸組工法による木造建築を考えてみましょう。

日本古来からある木造軸組工法は柱梁で構造体が出来ているため、開口部が大きく取れるというのがメリットでした。その魅力が西洋の石造り建築と違い、軽やかでシンプルな構成が近代建築の思想にマッチしたことで、桂離宮をタウトが絶賛した理由でもあります。

ところがこの工法は耐震性に乏しいという致命的な欠陥を併せ持ちます。その対策として、寺院などの大規模建築では重い屋根で建物を押さえつけ太い柱で揺れに対して踏んばらせようと考えました。小規模な庶民の家は、茅葺屋根という軽い材料と、柱間を貫を通して建物を柔軟に揺らせる(貫工法)構法を考え出しました。

この伝統的な貫工法は建築基準法違反とされています。
なぜなら構造計算に乗らない、というより構造計算方法がわからないという理由からです。しかし木造を専門に研究している大学教授や研究家による実大実験では、この貫工法は地震で揺れても建物が斜めに傾ぐだけで柱などの損傷が少ないために傾向きを直せば再使用できることがわかってきています。
そうした地道な実験の積み重ねで貫工法が徐々に認められてきつつありますが、まだ完全に基準法で構造関連の条文の中に確立されていません。

まだこの工法で工事をしようとすると、確認申請段階で煩雑な手続きや時間と費用が掛かってしまいますので、今のところ私はなかなか実現できていません。

もう一つの伝統的工法として、「石場立て(いしばだて)」(「立て」を「建て」と書くこともあります)という工法があります。
これは現在普通に行われている基礎の上に置いた土台を基礎とアンカーボルトで緊結する考え方と異なり、柱を直接基礎の上に立て(柱間を貫で固める)ます。この場合の基礎は連続基礎ではなく柱の下だけにあればいいので大きい石が一般的です。ネーミングはそこから来ていますが、基礎とは縁が切れていますので、地震時には基礎から柱がずれることで建物が動くことで、地震のエネルギーを吸収できる工法です。

いわば伝統的な免震工法といえるでしょう。

この工法の話は長くなるので、次回まで乞うご期待。

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2011/04/27 (Wed) 16:38

今年3月で95歳になった父が、癌で余命半年と宣告されました。

本人は100歳まで生きるつもりでしたが、こればかりはどうしようもありません。

不肖の息子は貧しいままで親孝行もできないままに父を失ってしまうことになりそうです。

私が小学生のころ、球技が得意じゃなかったので町内会対抗のソフトボール大会に声もかけてもらえず、しょんぼりしていたのを見かねてキャッチボールに誘ってくれて小学校のグランド(長崎は広い公園が少なく、子供が遊ぶのは学校のグランドと決まっていました。)でキャッチボールをした記憶が強く残っています。

これからは長崎との往復が増えそうです。


2011/04/25 (Mon) 09:47
津波による建物倒壊記事

東日本大震災に関する報告の形で専門家向けの本が送られてきました。

このブログで書いたRCの建物の倒壊事例ももちろん載っていました。女川町で特に顕著だった様子で、ここでは2~4階建てのRC造もしくはS造の建物が合計5棟が倒壊していたようです。また、倒壊を免れても、壁が壊され、津波で運ばれてきた船や車が屋上に乗ってしまっている建物も載っていました。

写真で見る限り、RC造の建物がここまで壊れるかというほどの壊れ方で、学者の見解として数トン/㎡の力がかかったのではないかとのこと。とくに女川町の津波の高さは17.42mが記録されていて、これは建物で換算するとおおよそ6階建ての高さになります。この高さの津波にかかっては、6階より低い建物は水没してしまい、波の圧力をもろに受けてしまいます。

手抜き工事の疑いも持ちましたが、工事そのものは当時の基準で適切に行われていたような記事でした。やはり築造年度が古く、今の基準で考えること自体、無理があるようです。

本当かどうかは判断つきかねますが、新耐震で建てられた建物の被害は少なかったとのこと。マスコミも、国土交通省の官僚にヨイショする可能性もありますから、どこまで真実かは読む範囲ではわかりませんが、古い基準より新しい基準のほうが耐震性能が向上しているだろうということは予想つきます。

このところ、今回の地震に触発されたように日本中のあちらこちらで地震が生じています。

私が入っているマンションも、74年に竣工した建物なので旧耐震であり、しかも1階から3階まではスーパーが入っています。

日常の買い物にはすこぶる便利なんですが、なにせス-パーが入っている階は耐震壁が無く柱だけのピロティ形式そのもの。共同住宅の階を見れば、中廊下形式と片廊下形式が混在しており、そのジョイント部分はエキスパンションなど切っていない構造になっています。古い基準ではエキスパンションジョイントは要求されていなかったんでしょう。

中廊下形式と片廊下形式では揺れ方も違うので、今回の東北の地震のようなレベルだとこのジョイント部分から壊れ、片廊下部分は倒壊はしなくともかなり傾くだろうと予想つきます。またピロティ状になっている3階までの部分で柱の座屈が生じてある階がつぶれてしまう可能性も大きいだろうと予想しています。その状態になるととても建物の再利用は考えられない事態になります。

その対応策を検討するためにも耐震診断と耐震補強の必要性を唱えていますが、いかんせん先立つものが乏しい。
耐震診断も簡易診断だけでも結構なお金がかかりますが、精密診断をするとなるとそれだけで100戸程度の共同住宅なら1,000万円はかかりそうです。さらに耐震補強のコストもかかります。

共同住宅の場合、バルコニーがある通りの耐震性が乏しいのでこの面に補強のブレースが必要になりますが、居住者にしてみればはなはだ迷惑な存在になります。コスト面のみならずそういう理由から共同住宅の耐震補強は全国的にもなかなか行われないということも頭の痛い問題としてあります。

いままでも、そして今も官僚の無駄遣いを見逃してきた無能な政権に期待するのも無理な話ですが、本当に国民の生活を守りたいと思うのであるならば、このようなコストに対する援助を考えてもいいのじゃないかと思います。

2011/04/20 (Wed) 08:40
日本人の気質

ニュースで多くの国や人々が惜しみない援助をしてくれることを見聞きするたびに、日本人としての誇りを持つことができます。

日本という国が過去、どれほどの国際援助をしてきたのかを改めて知ることができました。このことは長い間政権を握ってきた自民党の功績でしょう。しかし利権がらみの原発を進めてきたのも同じ自民党です。

財産や家族を一瞬にして失った人が、それでも笑顔を見せてインタビューに応える姿は、利己主義に凝り固まった外国人には驚きをもって称賛されました。たしかに、日本人は自分の感情を押し殺すことが美徳と教えられてきました。これは隣国をはじめとして、ほかの国に見られない傾向なんでしょうか。

たしかにすべてを失っても冷静?なのはなぜかと私も不思議に思います。
その深層心理はどこからきているのか、それは日本人だけの普遍的な特質なのか、と。

個人的な見解ですが、建築的観点から考えると、近年まで日本の建築は紙と木でできていると揶揄されてきました。さすがに近年では不燃材を使用することが義務づけられていますが、昔はどれほど豪奢な建築を作っても、もらい火や地震などで簡単に燃やしたり倒壊したりしていました。

こんな風にどんなに多くの財産をコツコツと蓄えても災害であっさりと失ってしまう経験をたびたび経験してきたために、江戸っ子の「宵越しの金はもたねー」なんて言葉が示すように物事に執着しない淡白な気質になってきたのでしょう。明日はどうなるかわからないから今のうちに楽しもうぜ、ってことでしょう。

この国は昔から災害の多い国ですし、その国で生きてきた日本人に出来上がってきた気質が「方丈記」に代表されるような、明日はどうなるかわからないという「無常観」というものがあるのでしょう。

今、サントリーのCMで、坂本九が歌っていた「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」が流れています。明日はどうなるかわからないけど、「明日という字は明るい日と書く」という歌もあります。

学生運動盛んなころに流行った「若者たち」という歌にも「空にまた日が昇るとき、若者はまた歩き始める」とうところがあります。

精神面ではともかく肉体的にはだんだん若者ではなくなった私は、この歌の「若者」というところを「おじさん」と読み替えたり、その読み替えでもだんだん「じ」と「さ」の間に「い」が入りそうになりつつありますが、気持ちだけは前向きに、当時のテンションを思い出しながら若者のように歩きたいと思っています。でも極端な運動不足と加齢(聞こえませぬぞ)のせいで、脚力が徐々に衰えてきましたね。

震災で苦しい人のみならず、私を含めて仕事が激減した人、収入が途絶えた人など、頑張ってもなかなか上がれないで、それでもがんばっている人に、この歌を教えてあげたいと思います。

歌って本当に人に勇気を与えます。

それに比べて建築はいったい何ができるんだろう・・・・・・



2011/04/11 (Mon) 10:14
統一地方選

統一地方選が終わり、注目の都知事はやはり石原を都民は選びました。

確かに立候補者の顔ぶれを見ても、帝王の石原をはじめとしてどれもこれも信頼に値するような人物が見当たらないという気の毒な面もあったのでは仕方の無いことだろうと推測します。

都知事選は所詮国政に出るためのワンステップとしか考えていない魂胆が丸見えの元宮崎県知事も、一応は負けたので力不足といって頭を下げたものの腹の中じゃ国政のための下地作りが出来たとほくそ笑んでいるのに違いない。表面の体面だけを考えて行動しているのはみえみえ。それでも人のいい都民は、元3流芸人であっても宮崎県人を足蹴にしたとしても当選させるでしょうね。一応2番目でしたから、本人は手ごたえを感じたことでしょう。国政に送り出して何をさせたいのか分かりませんが。

話は変わって、福岡県知事。
ここの知事はすっかり官僚の天下り先。引退した麻生も元通産省官僚。
麻生は何故か誰が言い出したんだか改革派知事とか言われていました。福岡県の情報公開率は全国でも下位に位置している状態を改善しようともしない人物がです。
この改革派知事の後に、何をしたいのかさっぱり分からない小川という官僚がやってきて、自公の推薦のみならず社民、民主も推薦に相乗りしました。対立が共産党推薦候補だけじゃはじめから勝負は分かりきっていました。しかし九州の首都を自認している福岡市を持つ県知事が無投票で決まるという恥知らずな状態にならなくてよかったと思っている人も結構居るでしょう。

若い人たちに、所詮投票しても何も変わらないという意識が働き始めました。それが史上最低の投票率に現れています。

まあ、これもあれだけ期待された民主党から無能首相が2人も続けて出てきて、社会の仕組みは何も変わらなかったんじゃ無理も無い。

しかし、今度の原発事故で政権党だった自民党が民主党のことをけなすのはみっともない。利権がらみの原発をホイホイ造り続けたのは何処の政党だったかも忘れた様子。

韓国首相から、菅は無能だといわれるレベルの政治屋しかもてない国民は悲惨ですが、悪口しか言わない小沢一派は何?そもそも自分の選挙区の一大事に、小沢が行動を起こさないというのはどういうことでしょうか。

民主党って、数名を除いて本当にどうしようもない連中が集まっているんだなと思い知らされます。

2011/04/06 (Wed) 13:02
建築士の役割

災害に遭遇した人を救う自衛隊員や医師の献身的な活動が大きく報道されています。
命にかかわる分野では医者がどれだけ貢献しているのかがよく理解できます。

震災のたびに毎回、私たち建築士が今の状況で何が出来るかということなどの被災者への支援の方法を考えます。

しかし地震時の建物倒壊時や今回のように家も街並みも何もかも流されてしまった状況では、専門職としてできることは応急危険度判定ということぐらい以外、なかなか思いつきません。

応急危険度判定で倒壊の恐れがあるというしるしに赤い紙を張った横から、持ち主が「自分の持ち物に対して、お前たちから指図されるいわれは無い」と怒って紙を剥されることもあります。気持が分からなくも無いうえに感謝されるはずも無く、何のための作業なのかと空しい気持ちに陥ることも多々。

それに比べて医者は即応体制で人命救助に取り組んでいます。そして何より感謝されます。この違いは大きく、やはり医者にはかないません。

街が復興し始めてから我々の活動が必要とされてくるのでしょう。
あるいは、街並みを再編成するためのアアドバイザーとしての立場で被災地にかかわって行くことでしょうか。

そんな中、数日前から被災地に水を送るという電話がかかってきました。

このような災害に便乗した詐欺商法がまかり通っているようなので断ったところ、しつこく何度も電話を掛けてきた挙句、協力しないのは日本人としておかしいとか他の人を紹介してくれと言い出す始末。
こちらが信用してもいない者を紹介できるわけも無く、しまいには電話で怒鳴りあい状態で切りました。

ちなみに私に電話を掛けてきた会社は、F商事と名乗っていましたのでインターネットで調べたらブラックでした。

おー、アブねー。やっぱりねという感じでした。
電話口の口の聞きかたといい、やはりそれなりの会社だと思わせます。

皆さんもこのようないかがわしい電話にご注意ください。

又かかってくるでしょうが、こんな変な電話じゃなく、仕事の依頼の電話なら喜んで電話を取るのになー・・・・


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