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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2009/09/22 (Tue) 09:27
某マンション

シルバーウィークも残すところ後1日となって、少々お疲れ気味の方々、今のうちに体力を戻しましょうね。私は事務所を自営しているので、連休も盆暮れの休みもまったく関係ない。ついでに言やぁボーナスってものも、ちょいと古いギャグを書きたくなったのをぐっとこらえて、関係ない。

でもって、この連休中も、PCがトラブルと言うハプニングにもめげず?ひたすらとあるワンルームマンションのリノベーションのプランニング真っ最中です。

モノは築ン年経過しているのか不明の、図面も何も無いという鉄骨造4階建てのワンルームマンション。現地調査に行ったところ、見た感じでは築20年程度は経っているような雰囲気。しかし、外壁のALCにすさまじいくらいのクラックが入っていて、このALCの強度ももしかしたらかなり劣化しているのじゃないかというくらい懸念される状態。

IMG_3612_convert_20090922090433.jpg

目地のシーリングもやり変えた跡はあるにしても、施工が雑な上に、硬化してしまってシールの役に立っていない状態。

依頼内容は、このワンルームマンションの入居率が、外観の古さ、デザインの悪さなどですこぶる悪いので、デザインを一新して入居率を上げたいとのこと。
しかし、鉄骨造のALC貼ってのは、造るときはリーズナブルですが、このようにリノベーションをしようとするととたんに、どうにも始末の悪いものです。ALCは強度が無いために外部に化粧パネルのようなものは張れないし、何かを塗るにしても、強度が劣化していたら下地処理をしていても、数年で剥離してしまいます。かといって、大規模に手を加えるとなると、投下資本に対する回収年数を考慮すると、かなりのリスク。
おまけに外観だけじゃなく内部の住戸も設計や施工が悪く、これじゃ今時の学生や単身者は入らないだろうなと、案内してくれた不動産会社の代表も同じ感想。
平面的には中廊下形式ですが、この廊下がまたイメージが暗い。壁はグレーのリシン吹付け。しかし、このリシンの色といい粒粒の突起といい、なんだかエイリアンの体内に入ったような薄気味悪さ。

今、この建物をどうやって生き返えさせるか思案中です。
終日実測図を眺めては思いつくままに手を動かしています。しかし、図面が無いというのは本当に困ったものですが、幸いに今回の依頼内容は、確認申請が不要なのが幸いです。

連休明けにでも最初の案を出せるようにしなくっちゃ・・・・φ(..)

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2009/09/21 (Mon) 08:52
PC壊れて大騒ぎ

17日の朝、PCに電源を入れたところ、画面もキーボードも何も反応せず、本体のほうの電源ランプの緑色のランプが点灯しているだけの状態になりました。エッ!エッ!とあせりながら数度繰り返しても同じ状態。
ダメだこりゃ、と長介調につぶやき、もう一台のPCに数ヶ月ぶりに電源を入れたところ、こっちも反応無し。オイオイそりゃねーだろと、今度は誰調か分かりませんが、しかし、そんなこといっている場合じゃないって。
仕方無しに車で10分ほどのPC工房に持ち込んだところ、今修理依頼は混んでいるので4日かかるとのお達し。こればっかしはシャーあんめと諦めて、2台のPCを預けてトコトコと帰宅。

事務所に戻り、さてさてどうしたもんかなと広くなった机の上を眺めながら、つくづくPCに頼り切った仕事を思い知らされましたが、そうは言ってもいまさらPC無しで仕事するのは、ミルクの入っていないカフォオレを飲むようなもの(例えがイマイチでした・・・グッスン(-_-;)。

幸いにも世間はシルバーウィーク(と呼ぶのだそうな。5月がゴールデンウィークと呼ぶからなんでしょうけど、安易ですねー。もっと豪華にプラチナウィークとすりゃよさそうな気がするのは私だけ・・?)に入る直前。何でもいいほうに考える癖のある私にとってこりゃ不幸中の幸いってなもので、何処からも電話もかかってこないだろうし、久しぶりに手書きで仕事するかと机に向かいしも、ついつい手を伸ばしてPCに電源を入れる動きをしてしまい、いまさらながら一連の動作が無意識に刷り込まれてしまっています。

で、昨日、修理が終わったとの連絡。ただし、古いPCはマザーボードがダメになっているそうなので、15年近い付き合いのPCは破棄しました。でもま、予定より早く治ったのでヨッシャヨッシャ(^^)v

PCが1台だけじゃ少々心もとないので、んならばノートPCでもこの際だから買うベとパソコン工房の自社製品をいろいろ見ましたが、性能面はよさそうですがどうにもデザインが好きになれず、とりあえずパス。カッコいいマッキントッシュは高いしなぁ・・・

そんなこんなで、今、こうやって、ようやくブログを書いています。

そうそう、19日の土曜日には一周忌の法事で諫早に高速を使って向かいましたが、高速の入り口のところからすでに大渋滞。特にETCの所は大渋滞で、一般の所はガラガラ。ざまあ、って気になったのは一瞬だけ。
ったく、ETC乗っけている車だけが1000円って有るかよ!メーカーの肩を持つような不公平なやり方する自民党はどんどんつぶれろ!と、車の中で怒りながら、ひたすら有料低速道路を平均時速40キロ以下で走りました。ここまでの混雑は予想していなかったので、先方に着いたときにはすで10分以上の遅刻。

シルバーウィークの開始早々、いろんなことがありました。

皆さんは健やかにお過ごしのことと思います。
でも、わざわざ混んでるところに行くこた無いと思いますが、ま、金の無い貧乏人のヒガミとお笑いください。おじさんはのんびりと仕事をしながら合間に本でも読んで、渋茶とビールと焼酎と、何でも来いってな調子で、それらをちびちび飲みながら静かにすごさせてもらいます。


2009/09/14 (Mon) 07:38
顔合わせ

昨日、次女の婚約者のご両親と顔合わせをしました。9月も半ばと入っても残暑も厳しかったのですが、幸いにも好天にも恵まれました。

顔合わせ会場には先に着席。程なく先方のご両親と婚約者、娘が揃って見え、双方の紹介から始まって和気藹々とした雰囲気で始まりました。
先方のご夫婦は四国からはるばる早朝に出かけられたとのことで、さぞやお疲れになられたのじゃないかと心配しましたが、そのような気配も見せることなく、気持ちのいいひと時をすごせました。

約2時間ほどでお開き。
先方のご両親と婚約者、娘は新幹線で帰りますので、改札口まで見送りました。
仲良く歓談しながら改札口の向こうに遠ざかる娘の後姿を見送るときに、ああ、我が娘も向こうの人になってしまうんだなと言う気持ちがこみ上げてきて、これは妻も同様に感じた様子でしたが、しんみりとした気持ちになりました。
帰りの電車の中では妻も私もなんだか無口になってしまいが、私は、この娘がまだ2歳くらいのとき、5歳の長女と一緒に背中に乗せてロディオのような遊びで、娘たちが背中でキャーキャーはしゃぎながら振り落とされまいとして私の背中にしがみついていたことが、ついこの前のように不意に思い出されてしまいました。

あの頃は娘共が喜んで歓声を上げる遊びが日常的に当たり前だったんですが、あの幼い娘たちと楽しく遊んだ日々が二度と戻ってこないんだなぁと。そして、あんな風に楽しかった日々は、今度はお前たちが引き継いでいくんだぞと、そんな気持ちにさせられました。

**(娘の名前と思ってください)、向こうのお父さんお母さんに可愛がってもらえよ。
**(婚約者の名前と思ってください)君、娘をどうか幸せにしてください。娘のこれから先の人生を、君に任せたよ。

私は子供が娘ばかりだったので、大きくなって恥をかかないようにと言う思いで、躾はかなり厳しかったと思っています。時には心を鬼にして厳しくしつけたことも数え切れません。目の上のタンコブになろうという気持ちでした。子供たちは小学校や中学校時代に友達の家と比べて文句を言ってくることもありましたが、そのときは、「それはその友達の家のルール、ウチにはウチのルールがある。」と話していました。

その反発で成長した娘どもは私を嫌って地元から去っていってしまいました。それはそれで仕方の無いことだと思っています。いつかは分かってくれるとも思っていません。所詮、父親の気持ちは娘に分かるはずが無いと観念しています。しかし、今になれば、娘たちに、もっと喜んでもらえるようにあんなことしてやればよかったとかこんな風にしてやればよかったとか言うことばかり反省材料ばかりが出てきてしまいます。

何もしてやれなかったような気がして後悔ばかりしていますが、もう遅いって・・・(-_-;)

2009/09/11 (Fri) 07:51
結婚ラッシュと建築

我が娘も年頃となり、また身内の子供たちも同様で、今年後半から来年にかけて結婚式ラッシュ状態です。来月末には妻の姉の娘、要するに私にとっての義理の姪が神戸で結婚することになりました。

彼女の父親がクリスチャンなので本人も洗礼を受けたのかは聞いていませんが、もし洗礼を受けているのであればこれぞ本物の教会での式ということになるわけですが、私が楽しみにしているのは、式もさることながら姫路城が見られること、と言っても新幹線の窓越しだけですが、それでもTVの画面ではなく肉眼で見られることにワクワクです。もちろん今回が初めてって言うわけでもないですが。
その昔、東京の会社に決まったとき、富士山や東京タワーが画面でなく肉眼で見られたことに感激したことを思い出しました。もちろん、銀座、新宿、代官山など、雑誌やTVの画面でしか目にしたことが無い地名や場所を体感できることに非常に嬉しく思ったものでした。やっぱし、花の都の東京ばい、ってね。

ととと、話がそれた。
話を戻して、その神戸での結婚式の後一ヶ月もしないうちに、今度は私の次女が京都で結婚式を挙げます。
相手の男性の仕事場が京都と言うこともあり、娘の今の職場も大阪であれば、必然的に京都と言うことになったようです。

こちらは双方ともビンボーだし、そのまた親(私のことです)もビンボーの熟練者ですので、豪華な結婚式などは考えられなくも無く、ひたすら質素な式場でひっそりとするようですが、それはそれ、式が豪華であっても離婚するのは掃いて捨てるほど居ますので(かのノリカ嬢も大掛かりな式をしてもあっさりと離婚しましたね)、心がこもっていればヨシです。

で、京都。

京都駅を見るのが楽しみです。原広司の設計であることは周知のことですが、噂によると、出来出来のコンペ゚だったそうな。当初から原広司の設計で行くことは決まっていたそうですが、対外的な都合でコンペと言う形にしたということらしいです。ま、よくある話で、実際的に公平なコンペは非常にレアケースだと言うことはこの業界人なら周知の話。

この京都駅が京の町にそぐわないと言うことで喧々囂々の大騒ぎになったシロモノなので、雑誌で見てはいたものの、わざわざ見に行くほどの気も当時は起きなかったので、娘の結婚式のついでにしっかりと見てきます。

京都には大学時代も入れると4回ほど行っていますが、当時は高松伸もアンタダも世に出ていませんでした。他にもいろいろ見たい建物が有るのですが、日帰りの強行軍でもあるので、式が終わったら粛々と帰ってくるしかありません。

神戸の義理の姪っ子は両親の近くに住むようですが、我が娘どもは親元に居たくないということで、遠くに行っちまいました。

我々夫婦が年取ってどっちかが先に死ぬか痴呆症になっても、だれも側に居ないってことを覚悟しておかないといけないようです。もしそうなら、先に死にたいものです。


2009/09/02 (Wed) 12:51
昨日の出来事

昨日、市営住宅改修に関する設計打ち合わのために、某市に言ったときの話です。

1階ロビーを横切るとき、壁際に老婆が手摺を伝って歩いているのを目の端で捕らえましたが、特に気にもせずそのまま直進し、その老婆の横を通り過ぎるのにあと3m位と言うときに、その老婆の体がフワッと横向きなったかと思ったとたんに仰向け状態でまっすぐに倒れこみ、頭部を石造りの床に目一杯打ちました。

私は物事にそれほど驚くほうではないので、何か目の前に倒れてきても、あれま、と言う程度の反応しかしないほうですが、このときには心底驚きました。
倒れた瞬間に、驚いたので私も思わずウワッ!と言って飛び上がったくらいでした。

たまたま私が一番近いところに居たのですぐに駆け寄り、声をかけました。
その人は意識が朦朧としている様子でしたが、スミマセンスミマセンと小さな声で何度も繰り返していたので大丈夫そうだと思い、とりあえず座らせようと背中を支えて腕も持って床に座らせましたが、その腕がや、夏だと言うのにやたらと冷たくなっているのにまた驚きでした。

まもなく市庁舎内の保健師さんが駆け寄ってきて聴診器とかなにやら器具を取り出しながら話しかけていたところ、またフワッと倒れそうになったので、あわてて頭にクッションになるようなものを置きました。

その後は私が居ても何の役にも立たないので、保健師さんに任せて、私は打ち合わせのために上階に上がっていきました。

打ち合わせ中は特に気にしていませんでしたが、救急車が来たような気配もなく、帰る時に同じ場所を通っても特に変わったことも無かったので無事だったんだな、よかったよかったと。それにしても、固い床であれだけ強打していたので問題なかったのかしらと気になりましたが、駆けつけてきた保健師にその事を伝えたときもさほど私の発言に注意を払う様子も有りませんでしたので、それはそれで済んだことなんだろうと思いました。

と、出来事は以上なんですが、時間が経つにつれ、私の対応が拙かったのじゃないかと気になり始めました。

その老婆が倒れた後、背中を支えて座らせたことが良くなかったのじゃないかと。本来なら横に寝せたまま保健師が来るのを待っているべきだったんじゃないかと。

こんなことは普段はまず経験しませんので咄嗟にどうすればいいのか思いつきませんでしたが、あー確かこんなときは横に寝せておくべきだと書いてあるのを何かの本で見たなと、後になって思い出しました。

それにしても、帰り際でその場所を見たときに、何事も無かったような空気があったのは、もちろん時間が経ったことでもあるので当たり前といや当たり前なんですが、あれは何だったんだろう・・・・。おきたことがなんだか幻のような気がします。

あのおばあさん、大丈夫だったんかな・・・・。

俺、まだ、ボケていないよな・・・・・・ハズだけどな・・・・・・

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