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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2008/07/29 (Tue) 11:31
おーい雲よ

27日の日曜日、田舎の母が具合が悪そうな連絡があり、不肖の息子でも心配になりましたので、朝から母の様子見に長崎まで電車?で行きました。

朝から快晴で猛暑でした。まるで沖縄の暑さがやってきたような熱気でした。

長崎行きの車両はガラガラでエアコンはがんがん効いていたので、猛暑にもかかわらず車内でサブイサブイを連発。おまけに我が座席の近くのどなたかが行ったが不明ですが、人体の下方にある穴から排出された気体の臭気が漂い始めたと思いきや徐々に臭いが漂い始める始末。

窓は開かないのでひたすら我慢をするしかないわけですが、寒いは臭いはの苦行を強いられた1時間45分間でした。

車内販売の可愛い女の子も、にこやかな笑顔が一瞬、エッというような表情になりましたが、そこはさすがにプロ。次の瞬間にはまたにこやかな笑顔。

きっと息を止めたんだろうなー

長崎に着いて車内から出た瞬間、それまでの亜寒帯的気候から一気に灼熱の熱帯的気温にさらされて、一瞬くらっときました。

昼過ぎていたので、ちゃんぽんちゃんぽんとうわごとのように言いながら駅近辺でちゃんぽんを食べましたが、ん~っ・・・ ま、不味いっ!

もう二度と行きません。

母は思ったよりも元気な様子に見えましたが、高齢だけにこの夏の暑さが心配では有ります。

帰りの電車は満員になったせいなのか室温もちょうどいいし、誰も break wind もしないので、まま快適でした。

電車に乗るときは、景色を楽しむことと建築で面白いのが無いかという気持ちがあるので本を読むということはあまりありませんが、今回も、おっ、これは面白い、と思える建築がいくつか目に入りました。

建築の写真は瞬間的に過ぎるので写真は取れませんが、雲が綺麗だったので何枚か取りましたのでご覧ください。さわやかな気持ちを持っていただければ幸いです。

雲その3

雲その2

雲その1

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2008/07/21 (Mon) 18:57
物がどんどん壊れます

今月はなんだかモノが連続して壊れます。

長年愛用していた腕時計が動かなくなったので電池が切れたと思い時計屋に持って行ったところ、回路が古くなっているので回路の交換が必要とのこと。

28歳の頃、大奮発して買った腕時計で、その後30年間というもの電池の交換以外に壊れたことは無く、それはそれは前に書いた国産車に比べればその頑丈さには驚くばかりで、そりゃ回路も行かれるわさと修理を依頼。

その後に愛車が再び壊れ、これも修理。
このメーカーおよび車種に対して怒りまくっているのは前に書きましたが。

で、先日、TVを見ていてさてそろそろ寝るべと思っていたところ、突然画面が縮小して、あれれれれと思った瞬間、ブチっという嫌な音とともにジエンド。おじゃんです。

このTV、96年製だから12年間使ったわけですが、アナログがなくなるまであと3年はもって欲しかったけど仕方ないですね。

早速翌日TVを購入。液晶でフルハイビジョンとかいう代物。

いやはやブラウン管に比べるとそのスペースが少なくて済むことに感動ですが、それにしても取り説の分厚さにはうんざり。
一回読んだだけじゃ大雑把にしか分からず、さりとてもう一回読もうと気にもならず、機能がてんこ盛りのようですが、TVが見れりゃええわいって調子で取り説も目を通したのは1回限り。
妻は読もうともしません。

しかし画面が綺麗にクッキリ見えるようになったのは良いにしても、ブラウン管では気がつかなかったタレントの皺がはっきり見えてしまったのには苦笑ものです。

困ったのは、ビデオデッキが使えなくなったこと。DVD録画の製品じゃないので、これもおじゃん。

どんどん電解製品が使えなくなって新しいものに買い替えさせる自民党と電機業界の思う壺ですね。

なんだか修理ばかりでどんどんお金が消えていくので、年に数回、数千円程度しかできていませんが予定していた国境の無い医師団やUNHCR協会への寄付ができなくなりました。

申し訳ないです。
そのうちまた寄付させていただきますけん、今度ばかしは許してつかあさい。
(どこ弁じゃい)

2008/07/17 (Thu) 18:15
よく壊れる我が国産車

ワゴンRという車にしてから8年経ちますが、これがまたよく故障したり壊れます。

だいたい国産車というものはそんなに壊れたりしないと思い込んでいましたが、安物の軽だからなのかどうかは分かりませんが、よく壊れてくれます。

最初は新車で買って間もない頃。

市街地を走っているときは問題なかったんですが、高速道路で100キロ近くになるとノッキングを起こしたようにカクンカクンと後ろから引っ張られるような感じがして、なんだか壊れてしまうのじゃないかという気にさせられてスピードが上げられずにディーラーに持ち込みましたが、ディーラーも原因が分からないままどこかをいじくったのでしょうが、直ったとの報告を受けたので安心していたところ、数ヶ月して高速に乗ったらまた同じ症状が出て、こりゃたまらんとすぐにディーラーに直行。
結局コンピューター制御の調子が悪かったとのことで、調整してようやく治り、いやはや珍しいこともあるわってなことでその時は治ってよかったと単純に喜んだ次第。

その後、保障期間終了して間もない頃、キーレスエントリーが作動せず修理。
保障期間が過ぎていたので費用がかかりましたが、それでも、ま、しょっちゅう使ってんだからシャーナイ。

次はパワーウインドウが動かなくなり、磨耗したとかで部品交換。もち、費用かかりました。
磨耗って?
んなに簡単に磨耗するわけ?って思いませんか。

これだけ次々に壊れると、シャーナイって気持ちもだんだん薄らいできて、おいおい、これで国産か?という気持ちになってき始めたものです。

そんな気持ちをあざ笑うかのようによく壊れてくれます。

次は、タイヤの回転部分をカバーしているゴムが壊れ、シャーシーも傷が付いているとのことで数理。3万以上かかりました。

私はそんなに車に乗らないほうなんですけどね。

もっと書きましょうか。

次は電動ドアミラーがガタツキして外れてしまい部品交換。
ディーラーはいたずらでしょうって言っていましたが、いたずらをされる場所に駐車していないんだけどなぁ・・・って、証拠が無いので合点がいかないまま。

で、きょう、シートベルトの金具の留めが効かなくなり、交換が必要だと。
純正だから2万以上かかると。

もういい加減にしろと腹も立ち、金輪際スズキは買わないしディーラーに修理も出す気もなくなりました。

いままで乗った国産車で、これだけ壊れる車は初めてです。

私の車暦の最初は、友人から買った4年落ちの三菱ランサーセレステ。
運転士しづらいわハンドルは重いわでしたが、その後4年間乗ってどこにも不具合は無く、修理もしなかったですね。中古で買ったにもかかわらずです。

次はスカイライン。
つっても、スカGではなくスカTです。当時、スカイラインの車種でTIという最低ランクの車でしたが、これもおよそ8年乗っても故障無しでした。
ただ、最後のほうでマフラーカバーが錆びて落ちた程度でした。

国産ってこんなもんだと思っていました。

スカTの後に、血迷ってシトロエン2CVを買いました。

これがまあ、よく故障してくれました。
ガイシャってのは(加)害車と読み替えるってことを知りました。

毎月の工場行きは当たり前で、エンストもしょっちゅう。
本当に泣かされましたが、デザインが好きで愛着を持っていたのですが、エアコンも付けられないという車でした。
当時は子供たちも小さかったので、汗まみれになって乗っていましたので、これではあまりにも子供たちが不憫だということで泣く泣く手放して国産の車に取替え。

この国産車に変えた後の信号待ちでどれほど安心感を持ったか、経験ない人にはわからないでしょうが、2CVに乗ってたときの信号待ちはエンストの恐怖感との戦いだったといっても過言では無かったです。ホンマ。

国産って本当に安心ですねと、突然に映画評論家風に言いたくなるほどでしたね。デザインや愛着などを気にしなければ。

その流れで8年前に買ったワゴンR。

もうはっきり言って失敗でした。

設計事務所だからといって見栄を張る必要も無いし、ほぼ99%一人しか乗らないので軽で十分だしこれからの時代、環境のことを考えたら燃費もいいし軽に乗るべきだとの信念(?)から軽を選んだのですが、このワゴンRの燃費の悪さ(驚くなかれ、私の車は市街地でエアコンもつけないのに12キロ/L程度です。)には驚かされるし、走行中のエンジンの音のうるささと乗り心地の悪さも、軽なんてこんなもんだろうと思っていたところが、娘が乗っているスバルの軽に乗ってみるとまるで違っていましたので、ワゴンRの車としての出来の悪さにがっかりします。

ここで書いときますが、別に私はスバルの回し者じゃないですから。
体感したことを正直に書いています。

でもこのワゴンRって軽の販売数ナンバーワンなんですね。

確かに他の軽は女の子しか乗れないようなかわいらしさを前面に出しているのでオッサンはとても恥ずかしくて乗れないけどワゴンRならオッサンでも恥ずかしい思いもせず乗れるというのが買った理由です。

それにしても軽自動車のデザイン面での選択の幅の狭いこと。若い女性しかターゲットにしていないメーカー戦略のお粗末さ。
軽のデザインって、日本人のデザインセンスの無さの最たるもので、軽=若い女性が乗る という固定観念から作られているようです。

話を戻して、わがワゴンRは、それにしてもよく壊れるなー。

8年程度乗って、走行距離もまだ7万キロになっていないってのに、何でこんなに壊れるの?

安かろう悪かろうだなー





2008/07/16 (Wed) 17:53
日本人と健さんの映画の共通点

韓国と領土争いをしている竹島の問題で、韓国の強硬な姿勢を考慮して教科書に固有の領土であるということを明記しない方針とのようです。

日本としては、いつまでも揉めていないでさっさと国際司法裁判所に持ち込みたいところなのに、なぜか韓国がこれも強硬に反対しています。
韓国の言い分は、竹島は韓国固有の領土なので日本との領土問題は存在しないとの見解なので、国際司法裁判所で裁決を受ける必要が無いからとのことですが、現実に日本と揉めている訳なので、司法裁判所に持ち込まれることを怖がっているので屁理屈を言っているとしか私は思えないんですがね。ほとんどの日本人はそう思っているでしょう。

ちなみに国際司法裁判所に提訴するには、国家間の領土問題は双方が了解しないと持ち込めないしくみだそうです。そのことを利用している感じですね。

韓国の学者も、歴史的に調べても竹島が韓国領であるとの言い分は通用しないといっていることは、韓国国内では無視されていて、ひたすら日本憎しの国民感情が表立ってしまい、冷静な対応ができていないですね。

対馬も本当は韓国領だとの発言も出てきているようです。本当にあつかましいとしか思えませんが、それにしてもなんといっても情けないのは日本の外交能力。

6カ国協議では北朝鮮一国が他の国を翻弄し、北朝鮮の思うがままの結果に導いていますが、外交交渉という観点から見ると、北朝鮮の外交交渉の能力の高さに感心するばかりです。
が、日本の外交官僚をはじめとする政治屋の交渉ベタは、今に始まったことではなく、江戸末期の外国人が開港を迫ってきて以来の民族的遺伝子なんでしょう。

外国の外交官が書いた文章によると、日本は強く圧力を掛けると譲歩ばかりして押し返さないそうです。それで図に乗って高圧的に押し続けていると、ある地点を境に意外なくらいの反攻を示すとのことのようです。
これって、窮鼠猫をかむの格言のままですね。

これを読んだ時に、ああ、日本人って、昔から健さんタイプが好きというより、日本人自身が健さん的気質の持ち主だから高倉健の映画に共鳴できたんだと。

高倉健のやくざ映画では、主人公の高倉健が抗争相手のやくざの組長の非道な仕打ちに寡黙に絶えて絶えて絶え続け、それでこれ以上は許せないというときになって初めて相手に所に殴り込みを掛けて、極悪なやくざな親分をしとめるというワンパターンの映画でしたが、これが実に受けました。
大体ほとんどのやくざ映画のプロトタイプになっています。

映画館を出ると、皆、高倉健のような顔をして歩いていましたね。

これって、日本人の外交交渉と似てませんか?今度の竹島問題も同じでしょう。

韓国人は感情をもろに出す民族のようですので、(昔は)感情を出さないことが美徳としつけられてきた日本人は、相手の感情を考慮してこちらの主張や感情を寡黙に抑えています。

韓国の身勝手な言い分があってもひたすら冷静な対応を望むというよう見解を出して、まさに健さん調です。

事ほど左様に日本人の好きな健さん主演のやくざ映画は、主人公と日本人の気質が合致していたから人気があったんですね。

言いたいことがあっても寡黙に奥歯をかみ締めてじっと耐えるって。
日本人なら、ハァ~、かっこいいーと拍手喝采というところでしょうか。

でも、これって日本人の価値観であって、国際的にはアメリカや韓国や北朝鮮のように、相手のことを考えないでひたすら自分のことを主張し続ける国のほうが利益を得るというルールが勝っているってことをいい加減に身につけるべきだろうと思いますがね。

やはりこの辺が歴史的に他民族と血を流して領土争いをしてこなかった民族が、領土争いをし続けてきて交渉ごとには百戦錬磨の諸外国と交渉する国際的な慣習にもまれていなかったことに起因しているのではないかと勝手に思っています。

でも歴史小説を読んでいると、明治維新の頃は外国人との交渉で毅然とした態度で相手を論破した気骨のある人物もいたはずなのですが。

相手の迷惑のことを考えるということは、こと国際問題では成り立たないんだなと思い知らされます。

奥歯をかみ締めてじっと耐え続ける寡黙な健さん調国民には強圧的な官僚、政治屋も、自己主張の激しい他民族には腰が引けて言いたいこともいえないという連中をひたすら税金で養っているという事実。

健さん好きな民族は、他国から自国領を不法占拠されても何も講義もしないし、他国から自国民が拉致されても本気で抗議し、場合によっては乗り込んでいっても自国民を救助しようともせず、ひたすら相手の好意にすがるという世界一おめでたい民族です。



2008/07/12 (Sat) 15:37
下関の事件の判決

1999年9月に下関駅で多数の人を殺傷した上部康明の死刑が確定したとの新聞記事が出ています。

この男、私の付き合いのある構造事務所に短期間でしたが在籍していて、彼が在籍していた頃、私もその構造事務所と同じマンションの同じフロアーに事務所をおいていましたが、彼から相談に乗って欲しいといわれ、夕方の19時(設計事務所では19時は夕方です)ごろ私の事務所で相談に乗った記憶があります。

何事かと思いきや、相談は単なる愚痴としか思えない内容でした。
前いた事務所では17時には退社できたけど今度の事務所では残業が多いのでキツイしナントカならないのかとか言うようなことだったかな・・・。

そのときに伝えたのは、もう大人なんだから構造事務所に来た意味を自分で考えろということだったように覚えています。定時に帰りたかったら大手企業のサラリーマンか公務員になりなさいと。

九州大学の院卒だったので頭脳はかなり優秀だと彼の事務所の所長は言っていましたが、会ったときは精神面で成長し切れていない感じを受けた記憶があります。

そのときは子供のころから勉強漬けのまま社会人になった典型的な例じゃないかと思いました。

何の解決策も見出せないまま、まもなく退社したようです。

じかに会ったのは一回限りでしたので、彼のことはすっかり忘れていたのですが、ある日のニュースで名前と顔を見たときに、はてどこかであったような気がすると思い、ハット気がつき構造事務所に電話したところ、まさにその男だったので驚いたものでした。

あれからもう10年近くたたんだなと、今朝の新聞で思い出されました。
犠牲者の方々にとっては延々と果てしなく続くような気がしていたのではないかと察します。

上部康明。
なぜ、せっかく優秀な頭脳を持っていながら狂気の沙汰としか思えないような犯行をしでかしたのか、
理解しようとも思いませんが、社会的に行き詰ったからという理由で人を道連れにするという発想は、今年の秋葉原の犯人とダブります。

10年間、人は、日本人はどんどん悪い方向に向かっているようです。

自分がこうなったのは社会が悪いからだとか親が悪いからだとか、そんな風に考えれば救いがあるとでも思っているのでしょうか。

そんな風に考えて捨て鉢になっても何も改善されないということぐらい分かるだろうに。

今の状況を変えたいのなら何か行動を起こすべきなのでしょうが、もちろんその行動は、この連中がしでかしたような犯罪行為とかではなく、社会性を持った行動を起こすべきだということ。

そりゃ簡単じゃないですよ。
でも、できないといって何もしないで、後から、あーだからこーだからというような言い訳や後悔するくらいなら、何かをして、たとえそれが失敗だったとしても納得できるでしょ?

努力しても経済的に恵まれないで苦しい生活をしている人は私も含めてごまんといるはずですが、人のせいや社会のせいにして自分に言い訳することほど惨めなことは無いと思います。

お金の無い惨めさより、そのような精神面での貧しさのほうがより惨めですね。

金の無いヤツぁオレんとこに来い。
俺もないけど心配スンナ・・・
(また書いた・・・)

これ、私の座右の歌です。

植木、青島両名に感謝感謝です。


2008/07/07 (Mon) 10:37
一億総ヤンキー化

我が老朽マンションに、道路からマンションのエントランスまで長い通路があります。

その長い通路。
いままで床はレンガ調のタイルが張ってあって、水勾配もかなりきつく、そのためか滑り止め用の黄色い塗料をそのタイルの上に塗っていました。

エントランスにいたる階段にまで塗っているためにどうにも品が無く、しかも通路部分の床がところどころ割れているために、とても分譲マンションのエントランス路とは思えないような品の無さでした、

その通路の隣地との境界には植え込みがあるにはあるのですが、アジサイがまばらに植えられている程度で隣地とはコンクリートブロックむき出しの塀になっています。

長年、そのような使い方だったので住民も慣れてしまって、そんなもんだと思っていたんだろうと思います。

今年になって、その滑り塗料の効果が薄れてきたので新たに滑り止めを塗ろうということになったのをきっかけに、もう少しマンションのエントランス路としての品位を考慮しませんかと提案し、それならば専門家(私です)の意見を取り入れてやってみっぺということになり、予算も承認してもらって改造しました。

床は透水性を持つ材料で作ればノンスリップ効果と水平な床面が作れるので安心して歩けるようになるし環境面でも賛同を得やすいものでした。

ブロック塀は土壁風の材料を塗りこみました。京都の郊外にある土壁に瓦が埋め込んであるような雰囲気にしたかったのですが、それは幾らなんでも無理でしたが。

エントランス入り口にある既存の花壇も、訳の分からない雑草のようなものが植わったままにしてあり、しかも花壇の周りにはデザイン性も何も考えていないその場しのぎとしか思えないようなアルミフェンスが取り付いていて実にみっともなかったので、ここも整備。

通路のアイストップになるところには床面と同じ高さで新たに花壇を作り、そこに木蓮を植え、ステンレスのメッシュを張り込んでネイビーを貼り付けえるようにしました。

ネイビーが完全に覆われるまで時間はかかるでしょうが、完成してこれでマンションのエントランス路としての品位が出せたと住民の人に喜んでもらいました。

が、それも束の間、花壇に塗った土壁状の材料を金槌のような硬いもので数箇所壊されていたのが今朝分かりました。

このマンションは夜間も人通りの多いところに面していて、しかも門扉なども無いので誰でもエントランス路に入り込めるという実にセキュリティの面では危なっかしい作りです。

34年前のマンションならばこんなのが当たり前だったのでしょうね。

警察には一応、器物破損として被害届を出すようにしましたが、犯人なんかわかりっこないですよね。

それにしても、ひどいことをするものです。

日本人って、こんなに品位がなくなったですね。

一億総ヤンキー化していると、やくみつる氏が言ったそうですが、さもありなんです。


2008/07/02 (Wed) 12:01
既存の耐震補強

最近のTVはクイズ番組が多いですね。
京都大卒のタレントの博学に感心するわ、ちっとも応えられない我が頭脳に呆れるわの日々ですが、今日は既存の木造住宅での耐震補強の話。

耐震診断を行うと、古い家屋のほぼ100%近くが、調査の結果、倒壊の恐れがあると出ます。

それを改善するには壁を増やす必要があるわけですが、壁量を増やすということになると生活の利便性や習慣への影響がかなり大きいものになります。

通風や採光の関係で筋交いはむき出しでもかまいませんし、化粧筋交いというので設計時には取り入れることも多々ありますので、このような耐震壁を適切な配置で設ける必要があります。

外部に特殊な器具を基礎と柱をアンカーボルトのようなもので緊結させる工法もあります。この工法の考え方は、基礎から一体化して土台と柱が抜けないように固めるという考え方に基づいています。

確かにこの方法なら、出済み、入り済みなどの角ごとに固めることは改善策としてはいい方法ですが、耐震壁量を増やしているわけではないので、倒壊の可能性は残されています。

実大実験でも壁量が適切に入った住宅と待った入っていない住宅では、耐震性には雲泥の差があることがはっきりしていますので、壁量を増やすことが基本だと認識しましょう。

それが解決して後に土台と柱の緊結をすれば、耐震性は飛躍的に向上します。

この耐震補強は、どれくらい補強すれば良いのかというような専門的な知識が必要ですので、その方面の専門家に依頼されることをお薦めします。



2008/07/01 (Tue) 11:55
今年後半の元旦です

今日は7月1日。今年の後半の元旦みたいなものです。
さあ、今年は後何をしようかと考えている人も多いでしょうね。

私は正式な元旦に何を考えたかというと、まったく覚えていません。
わずか半年前だというのにね。

年を取ってきて若い頃との感覚が違うのはたくさんありますが、経年数の捉え方の違いというのもありますね。

若い頃は10年前は一昔というくらいに、ずいぶん経ったように思えますが、この年になると10年前なんて、ついこの間のような気がします。

わが娘に今の年から10を引くと皆小学生か中学生になったばかりの年齢になるので、そう考えると、ああ、かなり経ったんだなと思い知らされますが、そんな具体的な感覚を当てはめなければ10年なんてホンのヒト寝入りした程度にしか思えないですよ。

ということはどういうことなんだと考えると若い頃って言うのは1年ごとに体の変化や周囲の変化などに刺激を受け続けるし、それだけ毎日成長しているってことなんでしょうが、、もはやわれわれの年齢になると、日々の成長なんて感じられないどころか日々の衰えに悩むというのが悲しいことですが事実なんですね。

ですから、われわれの年齢で成長しているとしてもそれは体のことではなく精神面のことになるのでしょうが、それは目に視覚的な変化が伴わないうえに激しく変化しているというわけではないので、意識としては10年経ってもついこの間のような気になるのでしょうか。

医者が言っていましたが、脳というのは鍛え続ければ成長し続けるそうですね。体はそうは行かないようですが。

わが脳みそもアルコール漬けになってツルンツルンの状態でしょうが、頭を振ったらカランコロンといわないように毎日脳みそを鍛えるようにしたほうがよさそうです。


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