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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2008/01/30 (Wed) 10:27
娘たち

今月に入って、九州から離れて就職している娘が立て続けに帰ってきました。
最初は広島の病院に勤務している長女が帰ってきて、彼女が向こうに発った1週間後に、今度は大阪で勤務している次女が軽自動車で高速を10時間掛けて1年ぶりに帰ってきました。

長女と次女が揃えばうれしさも倍増するのですが、そこは仕事の関係もあり仕方の無いことです。

久しぶりに見る娘たちの顔を見て、痩せれば痩せたで心配するし、その逆でも心配するし、所詮親というものはなんにしても、地元に娘たちがいないということもあるのでしょうが、心配の種は尽きマジです・・ん?どっかで聞いたような文句ですが・・

長女は新幹線で来るので心配はないのですが、次女が10時間も掛けて高速で来るのはやはり心配でした。犬を2頭連れて帰ってくるので仕方の無いことですが・・・

広島に入ったという連絡があってから4時間も経つのにまだ到着もしないので、何かあったんじゃないかと妻も末娘も心配顔でうろうろするばかりでした。
TVのニュースで事故のことが報道されていないかとか警察に聞いてみようかとか、そりゃまあ、いいことは考えません。で、無事に大宰府インターに着いたとのメールが来て一安心。

彼女たちはこっちにいる間は友達に会ったり飲みに行ったりで、家の中でずっと居たということはほとんどありませんでしたが、居る、というだけで、私はうれしくてたまりませんでした。

娘たちが生まれてきたとき、親としてしっかりと育てなきゃという気持ちが強すぎて厳しく育てた反動から、彼女たちは親元からそれぞれが離れていきました。高校2年生の末娘も、卒業したら大阪の専門学校に行くという気持ちを持っていて、今から次女と犬と一緒に暮らすことを楽しみにしている様子を見ると、こうやって子供が小さいうちは手のひらにの上にいたはずなのに、成長するにつれ親元から離れていくということの繰り返しが家族の歴史なんだろうなと思うしかありませんが、それでも娘が就職しても親元に居る家庭もあるのに、なぜ?と考えると、厳しくしつけたせいなのだろうと思うと、自分を責めてしまいます。

今朝、大阪の娘が犬ともども大阪に発って行きました。

車を見送るときに私のそばにまとわりついていたころの娘たちの幼い頃を思い出してしまい、寂しさが募り、つい涙が出そうでした。

今日はセンチな内容になってしまいました。




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2008/01/28 (Mon) 16:41
防犯のための街つくり

不審者に対する地域バリアーとして領域性の明示があります。

たとえば一般道路から一歩入り込んだコモンスペースとしての表示を路面の表示を替えることで、これから先のエリアは特別な地域ですよ、関係者以外は立ち入りを遠慮してください、という暗黙の意思表示を行います。さらに、その領域内の適切な維持管理を行うことで、反社会的行為はさせないというメッセージをあらわします。

落書きなどバンダリズムなどの反社会行為がある場所では、犯罪も起こりやすいというデーターがあります。

バンダリズムにいたるまでのプロセスとして最初に現れるのが、街路や公園内のゴミの氾濫です。これは 適切な管理が行われていない→住民がお互いに無関心→監視する人がいない というメッセージを伝えます。
次に現れるのが落書きです。アメリカの犯罪多発地帯に見られる顕著な例としてこの落書きが目に余ります。

ゴミの放置→落書きの氾濫→不審者のたまり場になる
というプロセスを経て最後の状態に至ったら、その町は犯罪が多く発生することになります。

以前は公園に隣接する住宅は緑と日差しに恵まれるため良好な住宅地として人気がありましたが、最近の深夜の公園内ではホームレスや暴走族などのたまり場と化している公園が多くなり、公園に面している住宅は防犯面で非常に問題があるということになって来ています。

このように公園を例に挙げても、環境を適切に維持していない限り、そこには不審者のたまり場となりやすいという状況を作り出しています。

住民同士が挨拶をし会うことが、地域の防犯の第一歩になります。

それでも目が届かない場所や時間帯を保管するために防犯カメラが利用されますが、これも防犯カメラが設置されているということを積極的にアピールしないと、本当の意味での「防犯」になりません。

先日のTVニュースで見たのは、とある町で家庭の主婦や一般サラリーマンを相手に覚醒剤を密売している人物がカメラで捕らえられていましたが、最近では急激にその数が減ってきたとのことで、その大きな理由が街路のあちらこちらに防犯カメラが設置されて、密売人がその街に入ってこなくなったとのレポートがありました。

密売人が存在しなくなったということではなくその街から消えたというだけですが、それでもそのようなことを地道に続けていけば、地域の安全性は保てるようになります。

最初は点でしかない行為が周辺の街と一緒に取り組んでいけば面としての広がりを作れます。そうなれば、広い範囲での犯罪のない街が作れます。


2008/01/26 (Sat) 14:45
防犯設計 プロローグ

防犯ということでまず思い浮かべるのは防犯カメラではないかと思います。
この防犯カメラというものは、防犯環境設計での「監視性」と「領域性」という二つのコンセプトのうちの「監視性」の分野に該当します。

「監視性」というものは、居住者による監視(目撃)行為によって、ある犯罪被害者を犯罪を犯そうという意図を持っている者から守る防犯行為になります。

これは、目撃者(住民)が注意深く街路などの周辺環境に対して、無意識もしくは意識的に目を配らせる(自然監視)ことによる領域性の強化をすることを意味しています。

自然監視とは、「道路や建物から通行人や居住者の視線が特定の空間に注がれること」という定義をされています。そのためには見通しや照度の確保と人間活動の促進などが必要になります。

昔、まだご近所付き合いが濃密な時代には、誰でも意識しないでこのことをしていました。映画のAllWaysに見られるような時代では、近所のおじさんや子供たちは誰でも顔見知りで、おのずから不審者は多数の目から観察されていたので犯罪が少ない時代でした。

時代を経て核家族がほとんどになり、細分化された家族と家族の近隣付き合いは希薄になり、集合住宅や新興住宅などでは、お隣の家族の顔も知らないという状態が蔓延するに至り、通りを不審者が通っても分からないことになってしまいました。
おまけにプライバシー重視の社会要求もあり、人のことを詮索することはマナーに反する行為と思われるようになったので、誰しも他の人に注意を向けなくなりました。

上に書いた自然監視という住民の自発的な行為は期待できなくなったのと正比例して住宅地内での犯罪も増えてきています。

その結果、補完的措置として機械監視としての防犯カメラや監視組織である警備会社などの監視のプロによる監視体制が確立されてきました。

わが国は安全と水はタダと長い間思い込んできたようですが、もはや安全神話は崩壊し、水も決して安全なものではなくなり、高いミネラルウォーターを購入せざるを得なくなって来ました。

犯罪の多発化は何も外国人が大量に入国するようになったからということだけではなく、日本人そのものの民族としての規範が地に落ちたような民族になってきています。

自分さえよければ人のことなど知ったことではないという風潮が蔓延し、自分の欲望を満たすためには何をしてもいいという短絡的な発想で犯罪行為に簡単に手を染めるようになりました。

明治の初期のころ、国際的な学者が日本人を知ることになり、世界が滅んでも唯一生き残って欲しい民族は日本人だと学者でいわれるくらいに日本人は気高い民族性を持っていたようです。

昔の日本はよかったなどということは虚しくなるばかりですので、犯罪者から身を守るにはどのようにすればいいのかという話です。

この監視の領域性というものは人間の心理に作用するような手法をとることができます。

この辺の話は町並みの設計に関する分野ですが、しばらくはこの辺の話を進めます。

読んでて眠くなったでしょう?
でも、あだやおろそかにできない話ですので、しっかりと参考にされてください。

犯罪の被害者になるのは特別な人ではなく、明日の貴方なのかもしれませんよ。




2008/01/21 (Mon) 08:26
防犯設計講習会

昨日は防犯設計の講習会を聴講しに、雨降りにもかかわらず出かけていきました。

私は雨が降るとほんのちょっぴりの外出でも仕事以外は出かける気力が出ないので、妻も珍しいことがあるものだ、こりゃ雨が降るのかしらといいながら玄関で火打石をちょんちょんとやって見送ってくれました。ったく、夫婦そろってボケてりゃ、世話無いですわ・・・

会場に着くと意外に多くの建築関係者や警察関係者がいたのには驚きましたが、デカとおぼしき人が入り口を見ている姿が目に入りましたが、嫌な気分になりましたね。

自分に身に覚えが無くとも、なんだか指名手配犯になったような気分させられたのはなぜなんでしょうか。どうも警察というところは権力を持っているだけに、私の気持ちに中に反発心が出てしまうのでしょうか。いつまでたっても甘えんぼ、じゃなく、突っ張ってしまいます。

さて、講習会の内容は2部に分かれていて、1部のほうは防犯設計の際に心がけることというスキームの話で、2部は泥棒と長年付き合って?きた元刑事さんの実際の盗難現場写真と泥棒が作った道具のスライド紹介でした。

この元刑事さんが、スピーチが洒脱で、たまに笑いをとったり手品を見せたりで時間を感じさせない工夫をとっていましたので、だからこそなのかもしれませんが結構頭の中に残りました。

それはいいのですが、会場の写真撮影をしていたのにはまたまた抵抗を感じました。
講演会の会場の写真撮影をするのはどこの会場でも同じなのですが、主催者が警察なので出席者の顔ぶれとまだつかまっていない指名手配犯と後で調べるのじゃないかとか、アンケート用紙を配って後で回収していたのは指紋を取ったのじゃないかといろいろと勘繰ってしまいますね。

人相が悪いとこんなことに妙な気を使っちまう・・・・・

防犯設計に関しては、戸別の建物でのハード面での対応はコストさえ掛ければ現在のところCP認定品の建築材料がかなり出回っているそうです。
CPというのは「防犯」Crime Prevention の頭文字を図案化したもので、防犯面で効果のある製品に付けられています。

この認定品は、犯罪人の侵入に時間を掛けさせることが目的で、データーによりますと侵入に5分以上かかると泥棒は侵入を諦めるそうです。
ワンドアツーロック(ひとつのドアに2つの鍵を付ける)もよく言われていますが、近年の窃盗犯は暴力的で、鍵が開けられない場合はバールでドアを壊して侵入するケースも多くなってきているそうです。

他にいろいろ学んできましたので、次回からその内容を書きます。

それにしても、会場でのモロにデカとわかる目つきの鋭い、背の高い連中がいっぱいいました。犯罪人ばかりと接すると、やっぱりああいう目つきになるのだろうなと、目つきの悪い私は感じましたね。

あの会場の写真、どこで使うんだろう・・・・

2008/01/09 (Wed) 08:44
国土交通省からの通達

国土交通省から、国家資格と民間資格とを混同させないように注意してほしいとの通達が出ました。

将来は国家資格になる予定だとか、資格取得によって国家資格の受験科目の一部が免除になるとか、取得すると仕事のニーズは多いので収入が飛躍的に増えるとかの勧誘文句で高額の講座を受講させる、いわゆる「サムライ商法」といわれている民間の資格講座と国家資格とが一般的に混同されていることからの注意喚起なのでしょう。

国家資格とは、所定の経験や学問を取得した人に対して受験できるということになっていますので、民間の資格を持ったからといって国家試験の一部が免除になるということはありえないということにご注意ください。

新聞のチラシや雑誌の広告欄に載っているような講座は、まずほとんどが民間の資格講座ですが、よく目にするのは、取得後に仕事が引きもきらずで高収入を得られるとか、DMで来る場合は、あなたは厳正な抽選で選ばれた人なので講座費用を格安で受講できます。などという文面で送られます。

この類は嫌になるほど眼にしますが、この甘い言葉にだまされないようにしましょう。
何より、資格を取ってすぐに高収入が得られるというような甘い世界ではないということ。

国家資格あるいは大臣認定資格かどうかが分からなかったら、インターネットで調べてみてください。何箇所かを見てみれば詐欺かどうかが分かると思います。

新聞に時々載っていますが、「住宅模型士」なる資格も民間が作り上げた資格ですが、そこに書いてあるのは「建築模型作成は、ニーズも多く、安定した収入がこれからも期待できる。」ように書いてあり、若妻とおぼしき美女が模型を持ってにっこり微笑んでいる広告がほとんどでしょう。

そんなに住宅の模型のニーズがあると思いますか?
講座の会社が次々に仕事を紹介すると思いますか?
そのように説明をするところもあるかもしれませんが、あなただけだと思いますか?
そして、紹介をずっとしてもらえると考えていませんか?

私たちは通常、住宅模型はすべて自分の事務所や会社で作ります。
分譲マンションなんかでは販売に影響しますので精巧な模型を作りますが、われわれの住宅は販売が目的じゃないので、それほど精巧な模型は要求していません。依頼者から特別に要求があった場合のみ模型専門の会社に発注しますが、まず可能性は限りなくゼロに近いレアケースですので、住宅の模型を外注するということはありえないということです。ましてや主婦のアルバイト的な人には出さない。

販売目的の建売メーカーやハウスメーカーでは場合によっては模型の作成依頼があるかもしれませんが、その場合でもすでに先行して仕事をもらっている人や会社があるってことを認識してください。だから黙っていても仕事は来ないですよ。
一生懸命にアピールしに行かないとだめだし、ケンモホロロの扱いをされても我慢してにっこりと微笑むくらいの根性がなきゃ、仕事はもらえません。

何回も足を運んでお願いして、やっとひとつ仕事が来た(ここにいたるまでが、あなたが考えているよりも本当に大変です)としても、むこうはお手並み拝見なのでただ同然で出すのが当たり前という気持ちですし仕事をやらせてやるという気持ちですので、大赤字覚悟で取り組まざるを得ません。ましてやレベルが低かったらそれ以降は仕事の依頼来はありません。

仕事を得るということはそれほどの大変なことですので、収入が目的なら甘い広告文にだまされて、高い講座を受講することはやめたほうがいいですね。趣味の世界ならかまわないでしょうが・・・

あまり意味の無い講座を受けないようにご注意ください。


2008/01/05 (Sat) 08:44
友人

今年来た大学時代からの友人からの年賀状で、体重が80kになって落とすのが難しいと書いてあり、驚いて昨日勤め先の某市役所に電話を入れました。

私がとある雑誌に1ページだけですが紹介されたので、彼にもその雑誌を送ったところ、年賀状に「ずいぶん顔が変わったな。卒業して30年以上も経ちゃ変わるのも当たり前だな。俺も体重が80kになって変わった。」と書いてあったことがきっかけです。

電話口に出た友人の声は大学時代とまったく変わらず、彼も私の「俺だ」の一声で誰かがすぐわかったのは、大学卒業後、結婚式で会って以来、20年以上も経っているとは思えないほどでしたが、話すことといえば中年親父の体調の話。

大学時代のスレンダーなころのイメージしかないので中年真っ盛りの状況がイメージできず、雑誌の写真で私の髪の毛が多いのをうらやみながら髪が薄くなったとぼやいていたので、「俺はカミはあるけどカネは無い。お前はカミは無いけどカネはある。どっちがいいか考えろ。さあ、どっち!」などと慰めにもならないような馬鹿な話をしました。

大学時代は行動を共にすることが多かったのですが、今で言えばV6の岡田似のハンサムな友人の引き立て役だったことを思い出しました。
すれ違った女性のまずほとんどの目線は友人のほうに向かっていて、私と目線が会うことはあまりなかったなぁ・・・
それにもかかわらず私以上のものぐさでしたので、大学時代にデートしてたということはなかったように思います。実にもったいない!

死ぬまでに一度会おうと約束をして電話を切りましたが、久々に楽しい気分に浸りました。

友あり、遠方より来たり、また楽しからずや

遠方より来ていませんが、学生時代の友人はありがたいものです。



2008/01/03 (Thu) 11:16
座右の歌

少し遅くなりましたが、このつたないブログを気長に読んでいただいている皆様方へ

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

さてさて、2008年も3日目になりました。
早いもので、この調子であっという間にまた年末になるんですね。嫌ですねー。

新年早々に、妻が体調を崩して寝込みましたが、これで今年もいいことがあるぞっと思いました。なぜって、年明け早々に悪いことがあるなら、あとはよくなるだけですから。

我が家の猫どもも人間社会の新年だなんだかんだという騒ぎに無関心に、ひたすら食っちゃ寝の年中同じパターン。
そりゃもう徹底してますね。

毎年年頭に思うことは、今年の仕事のことですね。
今は幸せなことに2年越しの仕事がありますので、酒を飲みながら頭の中はアーデモナイコーデモナイと考えていながら酒の酔いにいつの間にか寝込んでしまうんですが、これが年末から仕事が途切れるともう精神的に悲惨です。
年賀状を作る時間的余裕が腐るほどあるのはまったく嬉しくなく、新年になると、今年は仕事が来ないんじゃないかと厭世気分に落ち込みます。

ことほど左様にサラリーマンじゃないわが身はいつも不安定な状況におかれているわけですが、それゆえに、過去、あまりにも経済状態の悪さに廃業してサラリーマンに戻ろうかと思うことも何度かありました。しかし、それでも続けているのは、サラリーマンは自分の運命を他人が握っているということの引き換えに一応経済的な安定が与えられているということになるわけですが、私にはこれが我慢できません。

確かに経済的には苦しいですが、自分の運命を自分で切り開けることとの引き換えにする気はありません。
この辺は、家族に多大な迷惑をかけていることに責任を感じないわけじゃないですが、仕方がないと諦めているはずです。と、思っていますが・・・・

明日はどうなるかわかりませんが、明日のことを考えたって誰もわかりませんし、それならば明日は明日の風が吹くサという気持ちですごしましょう。

そう、自営業者は気楽な性格じゃなきゃできないんですよ。

♪金のないやつぁ、俺んとこに来い。
俺もないけど心配すんな
見ろよ青い空、白い雲
そのうち何とか なるだろう♪

って、植木等の歌にありますが(若い人は知らないでしょうね。ごめんなさい)、これ、私の座右の銘、じゃなくて歌なんです。

年始の挨拶で馬鹿なことを書きました。
そんな調子で、今年もがんばって生きますので、よろしくお願いします。

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