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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2007/09/27 (Thu) 14:06
体育会の体質

今年の6月に死亡した時津風部屋の力士の死因が、暴行による疑いが出てきたとの記事がありました。

稽古にきつさに逃げたのを捕まえて、親方がビール瓶で頭をなぐり、その後に兄弟子から暴行を受けたということのようです。

しかし、この国の体育会系のこうした暴力的体質は、軍国主義国家から戦後の民主主義国家になってからも現在まで延々と変わらず続いています。

学校や地域活動における運動部では、先輩後輩の軍隊のような縦割り体質が確固として存在し、先輩の前では直立不動でなければならず、訳も無く暴行を受けても耐え忍ばないといけないと言う体質は、軍隊との違いが無いのではないかと思います。

体育会に限らずこの国の学校の部活動や寮生活、プロスポーツの世界で、このような体質が多かれ少なかれ存在し、それをまた伝統だからと言う浪花節的なレトリックで丸め込まれて、社会的にもそんなものだからという認識で容認してしまう。
その間、何も問題が発生しなければ誰かが異議申し立てをしても、その人物を制裁して口止めさせることが多く見られます。このことは会社組織においても見られますね。

体制に逆らうな、そういう体質だから文句を言うな、文句があるなら痛い目にあわせるぞ、という考えには、暗黙的にこの国の体質を物語っているようです。

このような陰の体質は、その体質を表出しているアウトロー社会のアナロジーになっています。

1年は奴隷、2年は平民、3年は天皇、4年は神様と呼ばれているヒエラルキーを大学時代に所属した体育会系で聞かされたとき、なんと言う馬鹿げた体質だとあきれました。

大学と言う現在の社会の中では知的階層?と呼ばれている連中でさえ何の疑問も持たず、それにしたがっている風潮に、心から嫌悪感を覚えてしまいました。

そんな気持ちでは練習にも身も入らず(というのは言い訳カモ・・)、結局1年で辞めましたが、実に不愉快な感情しか残りませんでした。
高校時代に所属していたクラブではそのような体質を持っていなかったので、大学の体育会がこのように前近代的な軍隊的体質を持ち合わせているとは思いもよりませんでした。

その影響かどうかわかりませんが、いまもって先輩風を吹かせる学校の卒業生や、選挙時にはぺこぺこしていながら当選してしまうと不遜な態度をとる政治屋連中には反吐が出ます。

もういいかげん、馬鹿げた軍隊調の体育会なぞ止めませんか。
精神論が通用しないのは戦争で痛いほど分かったはずでしょうに。

相撲もそうですが、それが伝統だからだという考えでしょう。

相撲もモンゴルのわがまま男に振り回され、制裁をしても腰砕けになってしまいました。今度は殺人事件にもなりかねないような事態になっています。これが後生大事にしてきた伝統の結果ですか?

国技もこれじゃ先が思いやられますね。

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2007/09/20 (Thu) 12:52
マウスの実験

別のコラムサイトにも同じことを書いていますので、そちらを読んでいただいた方にはネタが尽きたかと思われてしまうのも癪ですが、そーなんです。いろんなことを同時に考えることはあるにはありますが、取りとめの無いことばかりで、それを全部このブログに書いていると多重人格と思われるおそれ大でして・・・

今日のお題はコンクリートと木が与える影響です。

新聞記事のパクリですが、某大学(だったような)で、コンクリートと木で作った同サイズの箱に同じ月齢のマウスを入れたらどんな変化が現れるかと言う興味深い実験でした。

その結果は、木の箱に入れられたマウスには行動の変化は出なかったようですが、コンクリートの箱に入れられたマウスには攻撃的な行動が現れたそうです。

このことが即、人体に同じような影響があるのかどうかまでは不明ですが、マウスも人間もサイズの大小の違いはあるにしても同じ動物ですので何らかの影響があると思ってもいいのじゃないでしょうか。

現代人の行動エリアで、住宅はともかく学校や職場で体験する空間はまずほとんどが鉄筋コンクリート造で作られていると思います。
屋内までコンクリート打放しで仕上げられた空間に身をおいている方もかなりおられるでしょう。

そして住宅。

木造の住宅がまだまだ圧倒的に多いものと思いますが、耐震性や耐久性を考えて、または設計者から薦められて鉄筋コンクリート造の住宅で生活されている方も多いでしょう。マンションなどの共同住宅はまず、そのほとんどが鉄筋コンクリート造か鉄骨鉄筋コンクリート造での建物になっているものと思います。

上述した実験から思うことは、このように鉄筋コンクリートの建物で生活してきた子供たちにどのような影響があるのかしらということです。
最近の子供たちは切れやすくなったということも多く聞かれます。その原因は多岐にわたっていることだと思います。

食生活の問題もあるでしょうし。
ファーストフードに頼った食生活はカロリーが高く、燐も多く摂取するようになってきた原因もあるかもしれませんが、その様々な要因の中のひとつに、この鉄筋コンクリート造で出来た建物で生活するようになってきたこともありはしないかという気がします。

設計者としても鉄筋コンクリートは可塑性に富むためインパクトの強いデザインをすることが出来るので、その意味では非常に魅力を感じるのは正直なところですが、このような実験データーを読むと、設計者のデザイン欲で居住者に対する建築の影響を無視して言い訳が無いはずです。

写真写りのいい建築や生活シーンをまるで頓着していないようなガラスだらけの建築は、構造体が鉄筋コンクリートだから出来たようなものもありますが、設計者はかっこいいデザインだけをやっていればいいのでしょうか。

箱の中の攻撃的に変わったマウスは、明日の私かもしれませんし貴方かもしれません。


2007/09/15 (Sat) 09:17
料理をするということ

私がなぜ料理をしないと言うブログに、いつも読んでいただいている方からコメントをいただきました。

本当にありがたいことです。

料理は創造的な仕事で、芸術的な構想力、デザイン力が必要だといつも感じていますが、サテそれでは同様の創造的な設計を生業としている私がなぜ料理をしないのかということへの質問にお答えします。

料理する時間がもったいないに尽きるんです。

日常、設計をあーでもないこーでもないと乏しい才能をフルに動かして、脳みそがヒートアップの状態が一日続いていてフッと空腹に気がつくときはたいてい食事時。

食事にするかプランニングを続けるかと言う究極の(あいかわらずオーバーなこと)の選択をする時、集中力がある日はそのままプランニングに没頭します。
でもって、いよいよ猫どもも腹減ったーと鳴き叫ぶ段になって、さてナニ食うべとなります。

夕食は妻が帰っていますので、ひたすらプランニングに没頭出来ますの大抵はナニ食うベーと考える時間の必要は無いのですが、猫と私しかいない昼はそうは行かないんですね。

猫はキャットフードをそれぞれの皿の上にザラザラと入れてやれば、連中、待ってましたとばかりパクつくからいいのですが、私は連中のキャットフードを横取りするわけにも行かず(でも、ポリポリ言わせながら食べているのを横から見ていると、なんだかクッキーみたいに思えてしまうんですが)、さりとてそれから何かを作るとなると出来上がるまでの時間ももったいないからという言い訳をさせてもらって、冷蔵庫から毎度おなじみの手っ取り早く出来る冷凍うどんを引っ張り出すわけです。

とまあ、こんな理由で、出来上がるまでの時間がもったいないと思ってしまうんですね。
アベシンゾーの言い訳よりましでしょ?

もちろん、いろんな料理の知識の引き出しがあれば、それはきっと楽しいものに違いないと思いますが、遺憾せん、私の頭の中の料理の引き出しを開けても、そこにはインスタントモノしか入っていないんです。

独身時代は朝食は抜きで出社。昼は社員食堂か近場の定食屋。夜は飲みに言ったらそこで夕食を済ませ、飲みに行かない日は帰りも最終電車でヘロヘロになって帰って、さあ料理を作るベー、っちゅう気にはとてもなれませんでしたね。
そんなころ、頭の中には建築のことは目いっぱいありましたが、料理の「リ」の字はどこにありませんでした。

設計事務所の勤務時代は、日付が変わらないで帰れた日はとてもラッキーと言う状態でした。決していいことじゃないんでしょうけど、それが当たり前の業界ですね。今でもそうなんでしょうか?

私が独立した時、人を雇えるようになったら、そんな雇用の仕方はしたくないと思っていました。それに何よりも、車椅子に乗らざるを得ない身体障害者の人に働いてもらえるような事務所になりたいと思っていました。

知能も何も全く問題が無いのに障害者と言うだけで働くところが無いという人にとって、活力を持って働ける職場になりたいと思っていましたが、営業的才能の乏しさからなかなか仕事に機会に恵まれず、コンペにも落ちまくっている状態でカツカツの生活をしている売れない設計士では、とても夢を持って働いてもらえる職場になっていないので、その私の夢も実現できないままでいます。

料理の話しから、何でこんな話になったのかしら。
いつものことですが。

もちろん、一度、妻の監視?のもとで、チャレンジしたことはありますよ。
妻も忍耐強く付き合ってくれましたが、そりゃまぁ時間のかかったワリには出来上がりの見た目も味もひどいものでした。

しかし、いつかは再チャレンジしようと思っています。死ぬまでには・・・








2007/09/13 (Thu) 08:13
お坊ちゃま君と我料理の才能

いやいや驚いたというよりあきれたという感覚のほうが正しいかな。
かのお坊ちゃま君が、民主党が言うこと聞いてくんないから総理大臣なんてもう出来ない。やーめた、ってな感じで政権を放り投げだしました。

この無責任さは以前の細川と同じで、育ちのいいお坊ちゃまには我々下々の者の感覚が理解できないとあそばされることが露呈してしまいましたね。

さすがの自民党の腹黒い政治屋連中も今回ばかりはお坊ちゃまのわがままに怒っているようですが、その世間知らずのお方を総裁に担ぎ出したのはいったいどなたですか?

参議院選挙の惨敗時に国民の支持を得られなかったことを汲み取り、潔く辞めていれば捲土重来も考えられただろうに、アメリカに媚る小泉がやらかした特別措置法案の延期の可能性が薄くなり、アメリカに申し訳ないということの理由で、民主党のせいにしてやーめたってことのようです。
要するに、選挙での国民の意思よりアメリカに対して申し訳が立たないということで職を辞したというわけですね。

いったいどこの国の総理大臣なんだい?

ま、このお坊ちゃま君に対しては私は当初から評価していませんでしたが、友人の自民党大好き人間は、このお坊ちゃまを大物だと当時はたいそう持ち上げていました。
私と論争になりましたが、どっちが正確に読んでいたかは言わずもがな。

追い討ちをかけるようなことは友人にするつもりも無いですが、それにしても、やはりボンボンは打たれ弱い。

この人、もう総理の目は無いですね。
このようなわがままで無責任な振る舞いをしては、その器じゃないってことを自らばらしてしまった。
責任を人のせいにするなんて、まるで子供ですね。

奥さんも、せっかくファーストレディーになれて、人前に出て手を振ってさぞや気持ちよかったでしょうに、残念でしたね。
互いの家柄で結婚したようなもののように見えるので、仕方ないでしょう。

それにしても、情けない男だ。

で、話はクルッと変わって、昨日のブログで、専業主夫ならばご飯が炊けなきゃダメよとお叱りを受けました。すんません。兼業主夫です。
すこし褒められもしたのは少々ヤレウレシです。

実は内緒ですが、私、自分で炊飯器でご飯炊いたこと無いんです。

花の独身時代、東京の高円寺に居た頃、当時は炊飯器を持っていなかったのでフランスパン(かっこいいでしょ?)を買い、シチューにすんべと張り切って作り出しました。

なにせ若い頃でしたので食欲旺盛で1人前じゃ足りないし2人前じゃ多すぎるし、さりとて売っているのはそんな少量じゃなかったので、えーい面倒だぁ、、一度に入れちまえ、明日も食べるさと、ン人前を一度に作りました。シチューったって、なんつーんですか、ポキッと折って鍋に入れて煮込む奴ですので簡単なんです。(誰でも知ってるっつーの)

当然、残ります。
翌日も残ったシチューを温めなおして食べるわけですが、残った分じゃ足りないので同じものを作って足したわけです。

その繰り返しで一週間、ずーっとシチューとフランスパン。

さすがに気の長い?私も飽きてしまい、ここで悟りました。
あー俺には料理の才能が無い。

長い独身生活の食事が100%外食にならなかったのはこのことがありました。

それ以来、包丁も持っていません。
すみません、私も情けない男です。
人には向き不向きがあるということを身をもって経験した次第です。

2007/09/12 (Wed) 08:16
兼業主夫

私の事務所はマンションの5階に有り、以前は事務所だけで利用していましたが、1階にはスーパーがあり、私鉄駅とJRの駅に歩いてそれぞれ3分と5分程度と言う立地のよさから、市内のほぼ中央にあった自宅のあったマンションから家族が3年前に引っ越してきました。

猫と一緒に。

それまでは一人でいるには十分な広さで、自宅に帰るのも面倒な時には3LDKの広さ(といっても、平面的な工夫もしていないプランでよくあるように、そのうちの1つは窓も無い物置としか使いようの無い部屋もカウントされていますが)で寝具も置いてましたので、泊まりこむこともしょっちゅうあり、通勤時間数歩の職住近接どころではありませんでした。

そのように優雅?な状態からあっという間に手狭になり、足元では二匹の猫がしょっちゅう飯よこせぇーとまとわりつき、壁は猫の爪とぎで悲惨な状態になってしまいました。

稼ぎの悪い旦那(私のことです)のせいでカミサンも勤めていますので、たいてい屋内で仕事をしている私が専業主夫状態になって、いつの間にか自然と毎日の洗濯物干しや布団干しなどの家事労働をさせられる羽目になってしまいました。
ただし、料理のほうは皆目ダメで、お湯を沸かすことぐらいなら出来ますが。

朝、スカッ晴れなので布団を干したまま打ち合わせに出かけたり現場に出かけたりした時、帰る頃にわかに曇りだした時にはもう大変です。

大慌てで戻り、布団を取り込んだ瞬間に雨粒が落ちだしたということも何回かはあります。
これこそまさに「007危機一髪」なんてカッコイイ話ではないですが、ホント、兼業主夫って大変ですワ。

大阪で動物の孤児院のようなところに勤めている次女が、彼女が飼っている2頭の犬を連れて帰ってきたときは、犬と猫とがうろうろいしていて、ここは設計事務所か動物園かぁ~っと言いたくなるくらいそりゃもう大変でした。

ま、娘の犬は2頭とも大人しい犬だったおかげで、猫との覇権争いのような紛争は勃発しませんでしたので、我が家の事務総長の私としてはやれやれといった気持ちでした。

ま、それにしても、我が家の猫と犬を含めて私以外は全てfemale。

ハーレムです・・・・・クゥ~ッ

今、足元で、猫どもが飯よこせと訴えているので、いまからやんなきゃ。

ヤレヤレ



2007/09/08 (Sat) 09:26
重要伝統的建造物群保存地区

昔も現代も町並という景観は街路沿いに発生します。徒歩でしか移動出来なかった頃の宿場町に人が集まることから商店ができ、そうやって町並というものが発生してきました。

人が集まらない場所では町並は発生せず、民家が散在する地域になりますが、それはそれで茅葺屋根で作られた民家は自然の中に溶け込んだ景観を呈して、日本の童謡そのものの風景であったようです。

現代では、屋根材は不燃材で作らなければいけない決まりになっているので、このような茅葺屋根はよほどの田舎に行かない限り作ることができなくなりました。
おまけに、茅の入手が困難になったのと、その茅を葺ける職人不足もあって、萱葺き屋根は鉄板で覆いかぶされるケースが多く見られます。

個人的には、この茅葺き屋根の現代版といえる屋上緑化、屋根緑化を設計に取り入れて行きたいと思いますが、コストの問題やメンテナンスの問題など解決しないといけない事柄も多く、なかなか建築主に頭を縦に振ってもらうことはありませんが、気長に説得していきたいと思っています。

なお、この古い町並を保護する目的で、重要伝統的建造物群保存地区(伝建) と言うエリアが各地でありますので、興味のある方は一度訪れてみたらいかがでしょうか。

その紹介URL 

http://www.bunka.go.jp/1hogo/shoukai/main.asp%7B0fl=list&id=1000000177&clc=1000000153%7B9.html

伝建のような昔の町並や木曽の白川建築群などの民家は庶民が自然に必要に迫られて構築した、いわば Architecture without architect です。恣意的な建築士なんて要らねーよ、と通告されているような気になりますね。

そんな建築を見るたびに、建築士ってのは何のために存在してるんだろうと、本当は要らないんじゃないかと考えさせられます。

有名な本「Architecture without architect」もあり、海外の同じような自然発生的な建築物を見ても同じ思いにさせられます。

美しい町並を見るに付け、悩むばかりです。

町並関係は今回でシャッターガラガラです。

2007/09/02 (Sun) 11:42
町並みの発生

民家と町屋の違いは、町屋とは町を形成する民家のことで、民家は総称です。
町屋とは特別な建物ではありませんが、町の中にある民家ならば田舎の民家と違って間口も狭く(その昔は、町内では間口の寸法で税金が決められていた時代もあったらしく、税金を軽くするために間口を狭くしました)奥行きを大きく取った形式が各地に存在します。

その中でいかに光や風を取り入れて快適な住空間を確保するかと言う先人の知恵が学べて驚嘆します。

町屋は町の中に存在していますので、大半は商業を営んでいることが多かったようです。

ココからは都市計画的な話しになって行きますが(ナニを隠そう、私の卒業研究は都市計画なのです。役人でもないので都市計画に携わることもありませんが・・)その商業が繁盛するためにはどうすればいいかということを考えなければいけません。

人が集まるところにはおのずから店が出来てきています。
城下町、門前町などの呼称はその例ですね。

封建時代は城を中心とした住居が作られました。
城は現代で言えば市役所とか県庁みたいなものだと思って下さい。

**藩というシンボルである城は、そのボスである藩主の住居兼藩士のための執務室でもあったので、武士は城の周辺に住んでいました。それは、いざ鎌倉って時には城にすぐに駆けつけられる目的もありました。

その武士に日常品を売る目的で、商業のための建物が次第に周辺に出来たのが城下町になります。

日用品を売る店が出来てきて賑わうようになれば、当然誰しも遊びのための空間も必要になり、今で言うところの居酒屋やら食堂などが出来てきました。

そのようにいろんな商業が雑多に出来るとどうなるか。

酒を飲みにいくのに隣に鍛冶屋があったり本屋があったりしたら、誰も飲みに行く気勢がそがれませんか?

そのような人間の心理面を計画に取り入れて、特定の場所に行けばたくさんの同業の店があって客にとって便利であり、店のほうもその目的で客が来るので効率的でもあるということから、居酒屋が集まった町とかラーメン横丁とかが出来たわけです。

今回も長かったぁ! また次回に。

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