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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2007/04/27 (Fri) 14:55
ようやく玄関に入ったぞっと・・

このところ統一地方選挙の長崎市長選に関することを書きつづけて、住宅に関してのブログが延びてしまいましたね。

でもま、気ままに書くことがブログのいいところだと勝手に解釈しながら、今回は玄関について書きます。

玄関ドアに関してはすでに書きました。

今回はドアを開けて玄関に入ったと思いねぇ。

玄関は日本の場合、洋風に作っていようが和風に作っていようがコロニアル風にしてようが何風でいようが玄関土間っちゅうのがあるはず。

ほとんどの日本の住宅において、アパートやマンションも含めて家の中では靴を脱ぐ生活習慣なので、その靴は玄関で脱ぎますね。冬ならばコートなんぞも脱ぎます。であるからにして、当然のように玄関には下足入れ(下駄箱)という箱状の家具が鎮座まします。

最近では靴以外のものが収納できる大型の収納が多くなってきましたが、プライマリーな玄関形式としては下足入れの家具が置いてありますね。

玄関土間から室内に入る際に段差が付いています。この段差がバリアーフリーでは解消が難しい。

欧米のように屋内でも靴を履く習慣ならば靴を脱ぐスペースが要らないのでこのような段差が生じるはずもなく、下足入れなるものも存在しないので、実にすっきりしたインテリアが作れます。

しかし、話は日本での話し。

欧米での玄関のイメージは、「玄関」というよりも「入口」といったほうがふさわしいようなつくりだと思いませんか。要するに、Entranceそのものです。このEntranceを日本語訳で「玄関」と言い表していますが、どうもイメージが会わないような気がします。

そもそも「玄関」の語源は何かと調べると、仏教語で「玄妙な道に入る関門」(広辞苑)と現されています。それぞれの意味の解説は省きますが、ここに住宅の場合の玄関に対する日本人が持っているポリシーが分かるような気がします。

住宅で設計打ち合わせをするとき、依頼者の奥さんと旦那さんの要望がくっきりと2パターンに分かれることが多い。

奥さんから出る要望の第一位は、やはり台所まわりで、次に多いのが収納を多くと言うこと。

旦那さんからの要望で一番多いのが玄関を立派にして欲しい、次にお風呂を広くして欲しい、の2点。

最近はこうしたケースは少なくなってきたようですが、ひところはこうした要望が実に多かったものです。

奥さんの要望は実にプラグマチックですが、旦那さんの玄関を立派にして欲しいという要望は見栄っ張りな気持ちの表れですね。しかし、だいたい男ってーのは見栄っ張りな動物ですものね。
ワタシモコウ見エテ(どう見えるのか分からんて)見栄ッ張リナンデスヨ。ムフフフ

ことほどさように、玄関をいかに作るかと言うことは家長にとって重要な問題と考えているようです。

普通の人がその家を評価する際には、ファーストインプレッションとしての玄関で決めてしまう傾向が多いことを考えれば、あながち単なる見栄っ張りだとも言い切れないことじゃないでしょうか。

だからこそ、玄関に花を置くなどして、おもてなしの意味もこめて印象深いしつらえにすることに心配りをしています。

もちろん、花や花瓶などの小物での演出ではなく、玄関の正面に坪庭のような小空間を置き、底に光を落とし込むことで印象深い空間デザインを作り出せるように我々も頭をひねります。

こんな風に頭をひねっとけば、痴呆症の予防になるかのかな・・・

巨匠といわれている建築家は長寿が多く、しかもいつまでもかくしゃく(「かくしゃく」と言う漢字は難しく、読めそうにもないのでひらがなで書きます)としていたようです。

でも、暇であまり頭を使っていない私に、当てはまりそうに無いような気がしますが・・・

次回は、この玄関の続き。
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2007/04/26 (Thu) 14:17
長崎市長選の続編

長崎市長選の結果が出て、伊藤前市長の娘さんは、父親の評価はこの程度だったのか、長崎から裏切られた。と泣き崩れたとのことでしたが、私から見れば、この人の考えに疑問を持ちました。


 確かに、前市長が道半ばにして非業の死を遂げたので、娘さんが旦那さんを担ぎ上げて遺志を継ぐという気持ちは分からないでも無いですが、前に書いたように、政治の世襲化と同じです。長崎の市長職は伊藤家以外の人に渡さないという気持ちなんでしょうかね。


 娘婿であっても行政の経験も無い人が、しかも、長崎に生活していない人が、突然に長崎市の長になって、本当に長崎を理解した政治ができると思ったのでしょうか。


当選した元長崎市職員だった田上氏のほうが、前市長の手法を身近に感じていただけに、むしろ、娘さんが言うような前市長の意思を引き継ぐ者としてふさわしいと市民が判断しての結果じゃないでしょうか。


 そうした市民の考えを理解せず、父が市長だったから伊藤家がそれを引き継ぐのは当然といった考え方が根っこにあり、落選した暁に、冒頭に書いたような発言が出るに至っては、すこぶる勘違いもはなはだしい。


娘婿もジャーナリストであるなら、このような発言に対して何か違和感を覚えたのではないかと思います。


むしろ当選した新市長にエールを送り、前市長の意思を引き継いでくださいとのコメントでも出ていたら、さすがは前市長の娘さんだとたたえられたことでしょうに、残念なことでした。


戦いに敗れたことに、腹立ち紛れで言ってしまったのかも知れませんが、人としての品性が露呈してしまいましたね。


長崎から裏切られたとまで発言するに至っては、この発言で次回からの市長選で、伊藤家の身内から立候補はできても市長になるのは難しくなりましたね。


私が長崎に選挙権があれば、この発言は忘れないし決して伊藤家の候補者に投票しませんね。長崎市政を私物化したに等しい発言ですからね。


2007/04/23 (Mon) 11:24
長崎市民の選択

統一地方選挙も終わり、気になる長崎市長は前の市長の娘婿の横尾氏ではなく市の職員から急遽立候補した田上氏が僅少差で勝利を得ました。

今回の市長の暗殺は、政治的背景はなく個人的な逆恨みで強行された殺人事件でした。

えてしてこういうケースの選挙の場合、お涙頂戴の弔い合戦というコピーで訴え、気のいい人はそんな感情に流されてしまうことがこの国の選挙にはすこぶる多い。

私が一番記憶に残っているのは、小渕元首相が急逝したときに、それまでは全く普通の女性であった小渕元首相の娘が立候補し、自民党と地元の講演会の諸歴々が全面的にバックアップしたおかげかどうか分かりませんが、同情票も得たおかげで、その選挙ではトップ当選を果たしました。

この女性は、今、国会議員として何か活動はしているのでしょうが、この国の政治のレベルを世界にさらしましたね。

お涙頂戴、弔い合戦、世襲という浪花節的なレベルで、地方議員ならいざ知らず国会議員をやって欲しくないと思っているのは私だけでしょうか。国会議員と言うからには、国の法律を取り決める重責であるはずですので、一部の都合でこのレベルの議員が誕生することは嘆かわしいことです。

嘆かわしい議員といえば長崎から参議院議員になった人もいますね。

この人は別に浪花節で当選したわけではないですが、元プロレスラーで身体がでかいというだけで、TVでは自分の気に入らない発言に対してやたらとほえまくる醜態をさらして恥とも思っていない人物です。

この人物は、自民党は強行採決の際のボディーガード代わりに使っていることは明らかで、この人も嬉々としてそれに甘んじています。
TVでの強行採決時に、やたらと大きな口開けて何かをわめいていたシーンを見ましたが、本当に長崎出身として恥ずかしい思いでした。

この人はホームページなどではなにやら立派そうなことを言っていますが実は底の浅いことしか考えていないということが露呈したのは、郵政民営化の採決のときに賛否の態度を明らかにしなかったことを、かのハマコーから鋭く追及されたときです。

ハマコーが、なぜ態度を鮮明にしなかったかと攻められたとき、この人物は毎度のことながら、ハマコーに対して、小泉チルドレンが親に逆らって反対できネーダローと切れました。
そのことに対し、ハマコーが、なぜそんなことで切れるのか。君は長崎の選挙民を代表して国会議員なっているのであれば、己の政治的信条を鮮明にすることが選挙民に対する義務だろうと、説教され、この人物、反論もできず、すごすごと立ち去った姿がTVで放映されました。

まことに長崎人として恥ずかしいの一言。

こんな人物を選び出す長崎の有権者が情けなく思っていましたが、今回の市長選で、殺された前の市長の家族が涙ながらに訴えている姿が放映され、今度も結局お涙頂戴が勝つのだろうなと思っていたところ、僅少差ではありましたが、田上氏が勝ちました。

このことはいろいろ理由はあると思いますが、政治と家族の都合は無関係だということ長崎市民の意思の現われだと思います。

政治家は世襲制ではあってはいけないと思います。

国会議員にもあまりにも世襲議員が多すぎます。
先に書いた小渕優子議員然り。

この人が全くの徒手空拳で立候補しても、国家意義いになれるわけがなかったと思っています。

家族の無念さは痛いほど分かりますが、そのことと政治とはリンクさせてはいけないのではないか。

今回の長崎市民の選択を、私は支持します。

さらに書けば、国に送り出す議員は、もっと人物を選ぶべきではないか。吠えるしか能の無いうわべだけのファイヤーを叫ぶ人物は、早く国会から排除すべし。

今回の選挙で見せた良識を、この人物が立候補するであろう国政選挙でも見せて欲しいと願います。




2007/04/19 (Thu) 11:48
凶弾

ニュースでも大きく取り上げられた長崎での狙撃事件。
前の市長も右翼から狙撃され、長崎で繰り返されるこうした事件は出身者としてショックを受けました。

今回は市長選の選動中の事件ですが、政治的背景が今のところ報道されていませんが、その事件の意味することは世界の民主主義国家にとって大きな衝撃になりそうです。

民主主義の根幹となる選挙活動の候補者を背後から無言で狙撃する行為というものは、国民に対する挑戦と考えられます。

アウトローにとって、民主主義だろうがそうした国家体制のイデオロギーは眼中に無いのでしょう。

殺された市長は本当に長崎を愛していたような記事が載っていました。
反核活動などの平和運動に関しても、積極的でした。

誠に惜しい人物を失いました。

昔の輝きが徐々に消えて行きつつある長崎を元気にしてくれるものと期待していましたが、路半ばにして凶弾に倒れたことは、返す返すも残念です。

私は高校卒業して以来、長崎を離れて暮らしていますが、長崎出身と言うことに誇りを持っています。県別対抗のスポーツでは、長崎を当然、応援しています。私の高校の同級生も、そんな連中が本当に多いのですが、今回の事件は、それだけに私の仲間たちにとっても大変ショックな出来事でした。

いつまで、こんな理不尽な行為は続くのでしょうか。

テロは、戦争は、人類が存在する限り無くならないものなんでしょうか。

ここで同じく平和活動をしながら凶弾に倒れたジョンレノンが作った歌詞を・・・


Imagine all the pople
Living life in peace
("IMAGINE")

A very Merry Xmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear
("HAPPY XMAS(WAR Is Over)")

















2007/04/14 (Sat) 08:28
内開きの玄関ドア

え~っと、前回は都知事選のことから日本の政治的なことを書いてしまいました。そうはいっても、これを読む人はあまりいないのでたいしたこた無いと思っとります。

読者が少ないのは私の文章がつまんないのかもしれませんが、ま、仕方ない。こげんありますと。

今回は、玄関ドアの内開きの話。

そうそう、このブログを高校からの悪友が見て、も少し行間を空けて見易くしろやとの御注進がありましたので、それもそだなと反省し、今回から行間を空けるようにしました。

さてさて、前ぶりの長いのはこれくらいにして玄関ドアの内開きの件です。

内に開くにはまず、玄関土間の広さが当然必要です。
日本は靴を脱ぐ習慣がありますので、人が立ち止まる、かがむなどの動作が玄関で行われます。そのためのスペースを確保することが内開きにする場合必要です。

内開きのばあい、雨仕舞が困難です。

ドアを開く関係上、扉下にクリアランスといって扉がこすらないようある程度の隙間が必要です。

通常、玄関の土間は、水洗いや雨水の入り込みを考えて入り口側に下り勾配の水勾配を取っていますので、クリアランスは平らな床面の場合より大きく取っておく必要があります。そのことが、雨水が依り入り込みやすい原因にもなります。

そのためにドア下にアンゴラウサギの毛でできているモヘアという製品を取り付けるか、ピンチブロック(製品名だったような記憶がありますが)というゴム状の成形品を取り付けるなどして雨水の浸入を少しでも少なくします。

あくまでも、少しでも、なんです。

完全に侵入を防ぐことはできません。
日本のように雨の多い国で玄関ドアを内開きにする場合は、雨がかからないような場所を選ぶか、なんらかの工夫が必要になります。

そんなメンドクサイのに、なぜ内開きにするのか、とお思いでしょうね。

実は外開きとマ逆のメリットがあるんですよ。

まず、外部からドアの鍵のデッドボルトが見えない。

ドアには戸当たりと言うものがないと止まりません。
ドアを閉めたとき、バタンと言う音は当然のようにありますよね。これはドアがこの戸当たりに当たって締まった時の音です。

この戸当たりはドアの端から10ミリ以上、出ていることが多い。これが外部からの鍵のボルトが見えないというメリットになるわけです。つまり、防犯性能が高いということ。

次はソフトの問題ですが、来訪者に対してウエルカムの気持ちが相手に伝わります。
来訪者を押しやって開ける外開きと違って、人の動きのままにドアが開かれます。これは気持ちいいはずです。

さらにバリアフリーの観点から意って、玄関ポーチと玄関土間の段差を無くすことができますので、引き戸と同様に車椅子がスムーズに中に入れます。

外開きでは雨仕舞の問題で足元がどうしても段差が付いてしまいますので、車椅子の出入りはスムーズには行かないようです。

さてここで最後に、玄関ドアに要求されている防犯性の問題で外開き戸内開きの違いを書きましょう。

鍵のボルトが見えるかどうかと言うことは書きましたが、それは締まっているときの話で、実際、ドアを開けて対応していたとき、相手が強引に入り込もうとした場合のとっさの対応として、どちらが効果的だと思います?

外開きの場合、お互いにドアの取っ手を引っ張りっこしますね。

内開きの場合、これは互いにドアを押し合いますね。

お分かりでしょうか。

取っ手を持って引っ張る力より、ドアに身体ごと押し付けられる内開きのほうがとっさの対応として強力だと思いませんか。

もちろん、全てがこのもくろみ通りに行くわけではないですが、ベターな選択をしたほうが安心では無いでしょうか。

ちなみに、私が設計した住宅の玄関ドアは、引き違いのドアをのぞいて全て木製で内開きにしています。

理由は上に書いたような内容からです。

玄関ドアは木製にすべし。なおかつ、内開きにすべし。

と、私は思っています。

勿論、法的に木製がダメな建物とか内開きがダメな場合もありますよ。

今回はココまで。
お疲れ様でした。

2007/04/12 (Thu) 13:18

ちょっと忙しくしてしまって、前回から1週間以上も経ってしまいましたが、その間にも各地で地方選がありましたね。中でも全国的に注目を浴びたのが都知事選。

石原王朝と化した都政を変えるのか、はたまた異形相の我同業者(桁違いのスター建築家ですが)のクロカワが取るのか注目していましたが、結果は予想通り。東京都民は石原王朝の継続を認めました。
私も東京に10年以上いましたので特に注目していました。東京だけは違うところを見せてくれと言う思いもありましたが、都民もやはり現状維持がいいのですか。

日本人ってーのは現状維持がすきなんですね。

年金も減るばかり、税金は使い放題で誰も責任をとろうとしない、政治は国民向きではなく企業向きに行われている事実が明らかなのに、これだけコケにされて普段は政治に対して文句を言っているにもかかわらず選挙になったらやっぱり自民党に入れる。傲慢そのものの石原に入れる。

変な国ですね。

まあ、もっとも、自民党だけの力じゃないでしょう。例の池田教信奉者の妄信的な後ろ盾もあるのでしょう。

戦後これだけ時代が経つのにも関らず自民党一党独裁政治を許している国は、本当の民主主義国家なんでしょうか。民主主義とは多数決で決るので多数の議席を与えているから民主主義と思ってませんか?

お粗末な政治をしたら政権が変わると言う緊張感が無いと本当の意味で国民に顔を向けた政治を行うわけが無いと思います。今のこの国の自民党とオカルト教に支配された政党(健保違反なハズなんだがな)がどっちのほうを向いて政治をしているか、本当によく考えましょうよ。

国民に人気があると言うだけで総理大臣になった坊ちゃんは、期待はずれだといわれて、それまで被っていた仮面をはずし、衣の下のよろいを見せ始めました。それこそ小泉ヒトラーの継承者にふさわしい。

国民は、そのうち湯で蛙状態になるのじゃないかと懸念しています。



2007/04/03 (Tue) 09:02
玄関ドア

玄関ドアには引き違い戸と開き戸があることは前回お話ししました。開きドアには室内方向に開く内開きと外側に開く外開きの2種類がありますので、この2種類のいい面悪い面を書きます。

最初に一般的な外開き。
まず、ほとんどの住宅で玄関のドアといえば外開きになっています。理由はさまざまですが、まずわが国の多雨という風土の影響から雨仕舞の処理がしやすいという理由が最初に挙げられるでしょう。ドアの内と外で段差を付けることで玄関土間に雨水が入り込まないような処理ができますし、さらにゴムパッキンなどを取り付けて防音性能も確保できるような作りができます。
次の理由としては、玄関土間の広さが確保できないことによるもの。
内開きならばドアの開きぶんプラス人が立つスペースの確保が必要になりますが、外開きならば人が立つぶんだを考えればよろしい。狭い玄関しか取れないアパートのようなケースでは外開きにせざるをえないことが分かりますね。ついでにいえば、たとえ高級なマンションで玄関土間を広く確保できたとしても、集合住宅のような場合では避難方向にドアが開くことが必要になります。したがって、外開きのほうが当然ですが避難しやすいってことになりますね。

でわでわ、外開きがきまりじゃんと思ったことでしょうが、ちょっと待ってプレイバック・・・外開きにも当然デメリットがあります。それは、外にドアが開くと言うことは、外側から鍵のデッドボルトが見えることになります。ドアの隙間に何らかの道具を差し込んでこのボルトを切断しようと思えばできるわけです。以前はこのような方法で鍵が壊される被害が多発しましたので、鍵のデッドボルトが見える範囲をカバーする金属製のプレートを付けることが一般的になりました。これでまあ、ひとまずはこの欠点をカバーしたということになるのでしょう。

玄関ドアとは本来は来訪者を快く迎えるという意味合いがあるのですが、外開きでは玄関ドアの前に立った来訪者を押しやるということになりますね。そこのけそこのけドアが開くぞと言うことです。これって、失礼な話しじゃござんせん?そりゃ来て欲しくない人もいるかもしれませんが、それにしてもね。
時々見られるのが外部の階段を上がってすぐにドアがあり、そのドアが外開きで作ってあれば、ドアの前に人が立って動けるスペースがあればいいのですが階段を上がりきってすぐにドアの場合、そのドアを開けるのにどうします?ドアの取っ手をつかんで何段か降りることになりますよね。それはまだいいとして(よかないですが)、取っ手をつかもうとした時に、いきなりドアが開いて危うく階段から転げ落ちそうになった経験、無いですか?

外開きのいい面悪い面が、ある程度お分かりいただけましたか。
次回は内開きドアの話をします。

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