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れれれのおじさん

Author:れれれのおじさん
長崎生まれで高校卒業まで長崎育ち。74年に建築設計の世界に入り、ゼネコンの設計部、アトリエ系の設計事務所などを、さらしに差した鉛筆一本で渡り歩いて設計を修行。86年に縁もゆかりも無い福岡で設計事務所を開設。日本の気候風土に合った風通しのいい住宅を基本に、自然素材を使った住宅造りを続けている。

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2017/07/02 (Sun) 08:33
どうでもいい話ですが

今日は都議会議員選挙の投票日とのことですが、都民ではないのでどうなることやらと気にすることしかできません。過去に石原慎太郎を含めてどうしようもない連中を選び続けた都民が、その汚名挽回にまともな判断をすることになればいいな思うばかり。

さて、今日の話題はそういうことから全く無関係に、いったい子猫と子犬とどっちが可愛いのかということ。

もともとバリバリの犬派だっただけに可愛いのは子犬に決まってんじゃねーかと言うことに関してはブレなかったハズですが、それがブレブレになってきました。

というのも、我が家にはすっかりおばば猫になってしまった元ギャル猫がもともといますが、そこへもって今帰省中の娘が連れて帰ってきた犬と猫の二匹。

動物の命を商品化するペットショップで飼うような動物に対する無慈悲な行為をするような子ではなかったので、そのどちらも飼い主が見つからなければ殺処分される寸前を引き取ったということを聞いたときには、流石に我が子じゃ、でかしたでかしたと日の丸の書いている扇をひらひらさせて(嘘ですが)褒め称えました。

さてそのどちらも子犬子猫じゃないのは予想通りですが、これがなんとも可愛い。

今までいたオババ猫化した我が家の猫が、最初は怖がっていたものの、いまやすっかりここは私の縄張りやけんねとばかりに新参者の犬猫を威嚇しています。

犬猫もサイズはおばば猫より大きいものの、そこはやはり先輩の立場を忖度して逆らいません。これを見ると、動物の世界も体育会的な縦割りの世界なんかいなと思わざるを得ませんが、考え過ぎ?

今や我が家は、犬一匹、猫二匹、古狸一匹、うら若いメギツネ一匹のミニ動物園状態。

とここまでの現在の状況の背景を短く紹介した上で本題に入ります。

今、寝るときと食事やトイレタイム以外はプランニングや基本設計に忙殺されるという、非常に充実した毎日を送っていますが、トイレには行きつけの動物病院から貰った犬猫猿馬などの子供の動物カレンダーを貼っています。

トイレタイムは他にやることがないので必然的にそのカレンダーを眺めます。
月めくりのカレンダーなので、月初めには今月はどんな動物だろうと期待しながらめくります。そりゃあ一度に12月分までざっと見れば毎月の動物はわかりますが、それじゃ月初めにめくるときの期待値が下がるので、ひたすら我慢します。

たまにはこりゃナンジャというのもありますが、今月は3匹の子猫が寄り添って居眠りしている写真。
これがまたすこぶる可愛い。

可愛いなーと思いながら眺めていると、ふと、あれ?俺犬派だったはずなんだけどいつの間に猫好きになったんかな、と疑問を持ちました。

まあ、どうでもいい話なんですけど。(^_^;)

子犬はもちろんかわいい。特にスピッツの子犬の頃の可愛さといったらまるでぬいぐるみそのもの。柴犬の子犬も可愛い。これは間違いのないことですと断言します。

でも、子猫もやっぱり可愛いなー

・・・・・・・・

もうブレブレです。(^_^;)




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2017/06/20 (Tue) 03:52
昨日の出来事

ここんとこ立て続けに書いていますが、実は昨日は私のン十回目の誕生日でした。

ただそれだけなら別に書くことなんぞありゃしませんが、昨日は娘三人からお祝いをもらいました。

帰省している長女からは日本酒とシャンパン、京都にいる次女からはお祝いのメール、大阪の末娘からは酒を呑むときに使えるようにと茶碗のプレゼント。

流石に酒からみばっかりですが(^_^;)

そして夕飯はカミさんと長女が作ったピザ。

カミさんと長女からおめでとうと言われながらシャンパングラスをカッチンした時に、ありがとうと思わずウルウルしてしまいました。

いままでこんなことはなかったんですが、流石に大腸がんを患ったということも有りで、家族がこういうふうにお祝いしてくれることに感激してしまいました。

ここんとこ頭の悪い首相の言動に毎日不愉快な思いをし続け、支持率が下がって慌てて見え透いた謝罪をまたまた繰り返す(この男、以前も戦争法案を強行採決した時にも、もっと丁寧に説明するべきだったとか言っていたはず。同じことを繰り返しちゃ形だけの謝罪をする卑怯さに反吐が出ます。)をTVで見ると、そのたびに気分が悪くなる毎日で、おまけにプリンターも死んじまったこともあっていささかカリカリしていましたが、それも一遍にすっ飛びました。

いやはやしこたま飲みました。
嬉しかったなー
子どもたちからこんなに祝ってもらったのは初めてですよ。

やっぱり私はついていると実感した日でした。

みなさんも俺は(私は)ツイていると口に出してみましょう。思うだけじゃだめです。そのことで本当にいいツキが回ってきますよ。

私が実践してきて実感していますから、騙されたと思って今から実行してみましょう。口に出すだけなら何も被害はありませんよ。






2017/06/19 (Mon) 13:30
プリンターも死にました

土曜日に、民主主義国家としての日本は死んだというブログを書きましたが、今日、仕事で使っていたプリンターが死にました。

カラーインクがなくなったという表示が出たので新しいカートリッジを装填しても認識できないと出ます。おかしいなと思いつつ、何度も装填し直すと、そのうち他の全てのカートリッジまで認識しなくなりました。

インクが少なかったことが原因だろうと思い至急他の新しいカートリッジも買って装填しましたが、何度も同じように認識されません。 

こういう場合の対処方法を取っても同じことの繰り返し。手はインクで真っ黒クロスケになるわ、プリンターのカートリッジ挿入口はインクだらけになるわでそりゃもう大変だぁ。

綿棒で掃除しても同じことの繰り返し。

おいおいbrotherのプリンターさん、ちったあ俺の気持ちを忖度しろよ。俺はどっかの間抜け首相みたいに人の言うことに耳を貸さず、質問に対しても真摯に答えず、世間の反応にも頓着せず、カミさんとつるんで悪巧みをしては知らぬ存ぜぬを決め込む傲岸不遜な恥知らずなじゃないし。

現にちゃんとカートリッジも買い替えたとになー・・・・

要するにプリンターの調子が悪くなったということですが、互換インク使っていたためにへそ曲げたんかいな?
修理に出すというのも面倒。むしろ修理代のほうが新品買うより手間もコストも掛かりそう。

もともと使っているbrotherプリンターの印刷レベルは当初から悪く、写真画像はそりゃまあお粗末極まりなかった。ここ半年くらいは目詰りが酷いので目詰まりを解消するためのカートリッジで何度も繰り返しましたが全く解消されないため、やむを得ずA4対応だけのCANONのプリンターを買った次第でしたが。

確かにCANONの印刷レベルは高かったのは満足でしたが、A3対応、FAX、コピー、スキャナーができるインクジェットカラープリンターをネットで検索すると、EPSON、HPと有りはするものの、やっぱり同じメーカーしかなさそう。

やれやれまたbrotherか・・・・・・




2017/06/14 (Wed) 05:48
PCを変えました。

 5年程度使っていたノートパソコンの作動がおかしくなって、サブ用に買っていたノートパソコンに移行しましたが、CPUは前のパソコンがCorei5だったのが今回のはi3なので普通に考えれば前のほうが反応が早いように思えますが、何故か今回から使いだしたパソコンのほうが早い。

 電源入れてから読み取りがすっかり終わるまで、前のは45分かかりました(毎日毎日、本当にうんざりしていました)が、今度の方は15分程度で終わる様子。

 なぜかしら。いずれにしてもWINDOWSは立ち上がりが遅いってことは聞いていましたが、全く遅いですねー

 仕事として使うので外付けバックアップからデータを丸ごと移行しているのでデータ量としては大きな違いはないはずだし、前のはアメリカ製品ですが今回のはパソコン工房がオリジナルで作っている要は部品寄せ集めの製品だから結構リーズナブルでしたので、スペック的には目を見張る者はなかったような記憶がありますが、目立つロゴマークがないなら、よっしゃ、んならばフェラーリのステッカー、貼っちゃろと企んでいます。

 スイッチの位置が違うとか諸々いままでとの違いで戸惑いはまだありますが、慣れの問題。立ち上がりが早いってことに満足しています。

 前のパソコンはそれにしてもなんであんなに遅かったんだろう。

 キーボードの反応もおかしくなっていたし。
 「t」を打つと「t」を反応しなかった。例えば、この「たとえば」という文字は「tatoeba」と入力しますが、これが「aoeba」になってしまう状態でした。ゆっくり打つと反応しますが、仕事しているときに「t」文字だけをゆっくり打つなんてことはできないし、イライラも募るばかりでした。

 新しいパソコンに移行してもコピーし忘れたデータをUSBに保存しようと前のPCを時々は立ち上げますが、そのたびにHDの作動する音が大きくなってきたようです。おいおい、大丈夫か。と心配になります。45分程度待っているとようやく読み込みが終わりますが、USBを差し込んでもまた読み込みに少々時間がかかるという状態で、いやはや故障寸前という状態です。

 以前も故障したので修理に出したとき戻ってくるまで時間がかかって仕事にならなかったので今使い始めたパソコンをパソコン工房で買い求めたのですが、そのときはサブだからと思いCPUもi5は要らんなーと思ってi3にしたのですが、それでも前のより早い感じがするので正解だったかな。

 しかしこれからはBIMが主流になってくると思われるし、それを取り入れるとなるとかなりのハイスペックのPCにしないと作動しないそうな。

 いやはや、まいったな~。BIMなんて取り組んでみようと数年前に思いはしたものの、調べるとソフト代だけでも100万近い上にPCもハイスペックに買い換えなきゃいけないし、それよりも習得するのにどれくらい時間がかかるんだろうと思うと二の足を踏み続けていますものねー

 まあそれはともかく、新しくしたPCで今快適に仕事ができています。今まで働いてくれたPC殿、お世話になりました。

 何時かは廃棄処分になるでしょうが、それまでは床の間に(ありませんが)飾っておきます。


 

2017/02/28 (Tue) 16:00
翌日配達という過剰なネット通販のデリバリー

 2年以上使っていたと思われるマウスがおかしな反応をしだしたので、そろそろ寿命かなと思い、ネットでマウスを注文したのが昨日。それがたった今、着きました。

 それにしても早すぎだろう。
 
 早く着いて文句言う方もおかしいけど、宅急便のドライバーの負担が大きくなる原因を作り出してしまったと、ちょっと申し訳ない気になります。翌日配達希望でもないし、2,3数日かかってもカマヘンカマヘンなのに。

 これからはネットの配達も再配達が多い現状を考慮すると、こういう過剰な便利さをやっぱり変えていかないと、クロネコが始めた宅配のドアツウドアが廃れ、近いうちにコンビニや郵便局留めという形を取らざるを得なくなってくるんじゃないかと思いますね。

 宅配ボックスも集合住宅だけでなく戸建てにも必須になっています。

 集合住宅での宅配ボックスは、若い人なら大きなものでもなんとか運べるでしょうが、私が居る老朽マンションでは入居者も高齢者が多く、そのために集合メールボックスのある横に宅配ボックスを置くことは高齢者夫婦もしくは高齢者一人しかいないご家庭では、その荷物を持ち上げるのは誰かということを考えると、宅配ボックスを置くこともなかなか困難。

 また、宅配ボックスの容量にも限界があるので、なかなかすべてを満足させるのは難しい。

 何れにしても、ネット通販がここまで発展してきたら、今社会的に問題になっているドライバーの負担が大きくなっていることに対する配慮も、我々利用者も考えるべきでしょう。よほどの緊急でもなければ翌日配達は全く不要に思いますが、これも過度の競走によって生まれた過剰サービスなんでしょうね。

 ドライバーの過酷な労働条件を減らすべく、翌日配達や時間指定配達を有料化することで荷物の量を減らすような考え方を、社会的に支持するべき時が目前に来ているようです。

 最近、プレミアムフライデーとかはしゃいでいるニュースが放送されていましたが、そんなものを楽しめるのはごく一部の大企業と国家官僚どもだけという、あいも変わらないこの国の大企業の社員と役人どもだけが優遇されるという、いわば民族的ヒエラルキーを改めて見せつけられます。

 米でトランプに気に入られようと媚びた朝貢外交をし、自国に帰れば傲慢不遜の最高権力者や官僚どもに何ら解決策も見いだせない、見出す気概も見せない状況では、この国の労働者は、過重労働に耐えきれなくなった挙句、社会貢献と言う労働意欲を失い、結果的に国民総生産力の減退に繋がるのではないかと思います。

 ネット通販のデリバリーに対するドライバーの過剰労働は、そうした声を上げられない労働者の縮図のようです。

 

2017/02/16 (Thu) 08:01
我が家で追い詰められたガラケー最後の牙城

 カミさんが数日前にガラケーからスマホに替えました。以来毎日触り続けていますが、一見すると高価なおもちゃにも見えなくもなく。

 めんどくさそうなので私自身はガラケーで間に合うなと思いました。普段がデスクワークだし、調べたいことがあるとパソコンでサクサクと。ガラケーでは電話の送受信とメールの送受信がメインなので、スマホのようなパソコン機能は必要ない。・・・・・と、思っていましたが、京都の娘からカミさんのスマホに送られた孫の画像が大きくて鮮明なのにはさすがにカルチャーショック状態。

 ガラケーの画面では小さいので画像をいちいちパソコンに移動させないといけない手間もかかる上に、カミさんいわく、やっぱりスマホは色々と便利よねーと。

 ナ、何を言ってやんでーべらぼうめ。スマホは俺には必要ね~。といいつつ、カミさんのスマホにある孫の画像をチラチラと横目で見つつ、次第次第に弱気になって来るのがわかります。

 今や、家族でガラケーを守っている最後の牙城になりました。スマホへの道につながる断崖絶壁まで追い詰められています。

 いやナニ、別にガラケーに執着しているわけじゃないんですが、要はめんどくさいだけなんです、ハイ。(^_^;)

 こっそりと格安スマホだiPhoneだの違いや使用料などをパソコンで見つつ、思わず出るのはハァ~と深ぁぁいため息ばかりなりけり。

 世間の流れに乗っかるようで、反発心の強いワタクシめとしては、なんだかなー・・・・・・・(-_-;)


2017/02/06 (Mon) 16:52
手術から退院まで

 年が明けて2週間後の14日に福岡大学筑紫病院に入院しました。生まれて初めての入院です。これから退院までのおおよそ16日間は2m四方のベッド廻りに少々余裕があるというスペースが我がテリトリーです。

 当日は午前10:30に入院手続きを終わらせて、入院フロアーの看護師に案内されて私のテリトリーに荷をおろしました。

 麻酔担当医、手術担当医から簡単な手術の方法、麻酔の方法などの説明。

 緊張をほぐそうという気持ちから、どうぞ安心してくださいと言われましたが、特に緊張もしておらず、いわばまな板の上の鯉の心境、といっても鯉になったことはないので分かりませんが。

 血液検査、レントゲン検査、など簡単な検査を済ませたらその日はお終い。食事も予想よりは旨く感じます。

 入院翌日。夕食は無し。下剤です。然し今回は今までよりは量も少なく、味もなんとなくポカリスエットっぽいので、これなら飲めると最初は思いましたが、おしまいの方になるとやっぱり段々と飲めなくなりました。そしてトイレに駆け込むことも今回も同じ。

 手術日の翌日は朝から絶食です。二番目ということでしたが、何時呼ばれるかわからないので、妻も早めに来ていてひたすらお呼びがかかるのを待ちます。

 12時を過ぎたあたりに看護師がやってきて、手術着に着替え。

 看護師が昨日は眠れましたかと尋ねましたが、もちろんぐっすり。緊張で寝られない人が多いそうですが、私はほとんど緊張していませんでした。私があれこれ考えたって己の力でどうなるものでもないので、そういうことには神経使いません。

 手術室の前で間違いがないように名前と手術場所を自分の口で言うことで確認します。

 担当の看護婦が次々にやってきて私を取り囲みました。全員マスクで目だけしか見えないせいか、皆美人に見えたのがラッキー(^^)

 その確認が終わった後、手術室に入ります。生まれて初めての手術室なので、チャンスとばかりに床、壁、天井の建材を見回しました。無影灯も昔病院を設計した際に取り付けた無影灯よりコンパクトだなーとか、天井は有孔パネルが張ってありましたが、アルミかステンレスかどっちかなーとか思いながら手術台に乗ります。

 大丈夫ですよと優しく看護師が言ってくれましたが、緊張していないのが申し訳ないくらいで・・・(^_^;)

 台の上で背中から痛み止めの点滴を入れるための場所を探すために横向きになって背中を丸めましたが、顔の横に何かあるなーと思ったまでは覚えています。それから後は、私の名前を遠くから連呼する声にだんだん目が覚めて来て、最初はぼんやりとしか見えませんでしたが、連呼していたのは看護師で、妻も同じように声をかけているのが目に入りました。

 あー、まだ変だ。お前が美人に見えるからおかしい。と言った所、それならもう大丈夫と妻の声。ドあつかましい(-_-;)

 それからが大変でした。これ以上ないというくらいの痛さで、予想以上の痛み。いろんなチューブがつながれているので、ベッドで寝ていても寝返りも打てませんが、痛みが激しくて 寝返るどころじゃありませんでした。

 後で妻から聞いたところ、手術は当初は4時間位と聞いたそうですが、実際は6時間かかったそうな。原因は私の内臓脂肪の量が多くて、内臓が真っ白で手術する場所を探すのに手間取ったそうな。

 いやはや内臓脂肪とは恐ろしい。退院したら内臓脂肪を減らす努力をしなくっちゃ。


術翌日
 
 トイレは術翌日から自分の力で行きました。起き上がるだけでも歯を食いしばりながら。ベッドから立ち上がるのにも腹筋を使っているのでお腹が痛むし、歩くのももちろん、トイレのドアを開けるのもお腹に来ます。

 トイレにいくためにベッドから起き上がるのはもちろんのこと、物を取るのにいちいち腹筋を使うのに腹が立ちます。

 痛みを我慢して歩くほうが治りが早いそうでしたので、激しい痛みを歯を食いしばりながらもゆっくりゆっくり病院の廊下を歩きます。その時は体温や点滴、血圧を測りに来る美形の看護婦にも気が付きませんでした。とにかく痛い!の一言。


二日目

 まだ痛みは激しいものの、前日よりは少しは和らいだような気がしました。なぜなら看護婦の可愛らしい笑顔が分かるようになってきます。食欲なんてものは皆無で、まだまだトイレに行くにも決断を要します。

 見舞いに来る妻との会話も、お腹に力が入らないので別人のようにか細い声しか出ません。
 
 廊下を歩くにも痛みを我慢しながら歩くので、歯を食いしばりながら手を握りしめてゆっくりゆっくりと歩きます。いやはや我が人生でこれほどの亀の歩みは始めてです。

 可愛い看護婦が、ガスは出ますかと尋ねますが、んなもんお腹に何もないんだから出るわけ無いじゃんと。


三日目

 ようやく三日目。指折り数えて3日経てば少しは痛みは減るだろうと当初期待していましたが、やはりだいぶ和らいできました。そして待望のガスが音もなく出ましたが、これがマア異常なほど臭く、しかもなぜだかそのガスが重く、なかなか拡散しなかったのには閉口しました。

 まだ食事は出ません。点滴で喉の渇きも食欲も感じません。ただひたすらに本を読むばかり。


四日目

 お腹を掴まれるような痛みはだいぶ和らぎました。ソレとともにガスがよく出ます。しかもやっぱりむちゃくちゃ臭く、そして拡散しません。

 だんだんと看護婦にも自分の中でベストファイブを選定。要はそんなことしか気が紛れませんから。

 本も少々分厚いやつでも一日で読んでしまうため、毎日洗濯物を取りに来る妻に本を持ってきてもらいます。マア、こんな時くらいしか妻には我儘がいえませんから。(^_^;)
 
 食事はようやく重湯など液状のものが出ました。


五日目
 
 これくらい経つと明らかに当初の激しい痛みは薄らぎます。もちろんお腹のアチラコチラはまだ痛みますが、だんだんと動きもスムーズになってきました。

 身体に繋げられているチューブもだんだんと減ってきます。ソレだけでも回復してきているという励みになりました。
 
 体温などを計測に来る看護婦にも冗談を言う余裕も出てきました。おっさんギャグにも笑ってくれる看護婦にどれだけ癒やされるのかを実感します。
 
 やっぱり白衣の天使ってのは確かに言えるな~と実感。看護婦がニッコリしてくれるだけでも本当に癒やされるんですよ~


一週間経つと、痛みもだいぶ納まり、ベッドから起き上がるのも、痛みはあるものの全く余裕になってきます。
 後は出所日を指折り数えて待つようになります。毎朝回診に来る医者とも親しげに話もできるようになりました。

 見舞いに来た妻に、やっと一週間経ったと言ったところ、もう一週間ね、と宣いし。彼女は生まれて初めての単身生活を楽しんでいる様子。

あのねー(-_-;)


 そんなこんなで、当初の予定通りに30日に出所できました。

 病院から出たときの空気の上手いこと。いやはや娑婆の空気はうめー(^_^;)

 それにしても可愛い看護婦が多くて、ソレだけでもラッキーでした。いつもニコニコしてもらって、おっさんのしょーもないギャグにも白けた顔をしないで笑ってくれた**さん、マスクをしてもマスクをとってもすこぶる美形にも関わらずニコニコしてくれていた◯◯さん。いつもニコニコしてくれている多くの看護婦さん。

 あなた方には二度と会うこともないでしょうが、どれだけあなた方の笑顔で癒されたか、感謝しています。

 わずか二週間の入院生活にも関わらず、体重は4k落ちましたが、その全てが細くなった太ももの筋肉でしょう。内臓脂肪が落ちる要素がありませんから。
 
今は徐々に徐々に体力の回復を図っています。まだスムースな動きができない面もありますが、スクワットも徐々に回数を増やしていっています。

2ヶ月後くらいには元通りになることを目指しています。



2017/02/05 (Sun) 08:35
福岡大学筑紫病院ヘ行って

紹介状を持って福岡大学筑紫病院に行きました。

 ここは以前はその前を通り過ぎるばかりでしたので建物の印象としては余り残っていませんでしたが、いまや豪華な総合病院になっていました。

 行った当日は担当医は紹介状の内容を確認し、次回は内視鏡検査だレントゲン検査などをしましょうということで、その日はおしまい。またまた検査用の食料を購入し、その日からそれを食べて翌日は朝から病院に詰めて下剤をゆっくり飲みます。

 今回は市内の大腸専門委員の妙に甘ったるい下剤よりは梅味を持たせていてまだましでしたが、それでも最後の方になるとやはり吐き気をもよおします。もちろん何度もトイレに駆け込むのも同じ。
 
 内視鏡を受ける人が同室に約6人程度いましたが、私のように頻繁にトイレに駆け込む人は他にいませんでした。トイレから戻ったかと思ったら1分も経たずにまたトイレに駆け込む状態。お腹が絶えずゴロゴロと鳴っています。

 ようやく透明な状態になってしばらく待たされました。私以外の人は全員居なくなったので時間が長く感じられましたが、夕方近くになってようやく案内されました。また前回のように痛いのも辛いなーと用心していましたが、今回はTVでよく見るように痛みも感じず、ほっと胸をなでおろしました。

 モニターで自分の大腸の中を見ることが出来ましたが、やはり癌のコブはエイリアンでした。モニターの画面を睨みつけながら、コノヤローと何度もつぶやきましたよ。マア、今更怒ってもしょうがないんですけどね。大腸がんも私自身の細胞ですから。

 その日はソレでおしまい。翌日は胃腸のレントゲンと胸から大腸までのスキャン。

 ソレが終わって医者の診断を受けましたが、検査結果としては他への転移は見られないということで、早速12月に手術をしましょうと言われました。しかし仕事の都合でできれば年度替わりまで延ばしたいと希望を出したら、ソレはダメ。延ばしても1月半ばだということで、やむを得ず1月14日に入院、16日に手術。順調に行けば30日に退院ということになりました。

 然し、私の腸のレントゲンを見て、医者いわく、普通の人より大腸が長いと。それで私の足の短さの原因が分かってガテンボタンを数回押しましたね。

 ただでさえ日本人は腸が長いために短足なのに私は普通の日本人より腸が長いとのこと。今回、大腸をカットしたら脚が長くなるかしらと期待しましたが、今更なるわけないし。(^_^;)

 そういう状態で年明けに手術を控えて年末年始を迎えました。毎年初詣する市内の某神社に毎年のことながらの家内安全、無病息災を祈りましたが、無病息災はねー・・・100円程度のお賽銭じゃ、聞き届けてくれなかったんだろうなー・・・・神様も銭次第かぁ・・・・・

 次回は手術とその後のことを書きます。

 早く体力を戻すために毎日、スクワットとウォーキングをしています。
 
 以前は1時間位かけてウォーキングしても疲労感など全くなかったのが、昨日、ちょっと足を伸ばして45分ほどのウォーキングをした所、夜には疲労感がでてきました。

 やはり退院後1週間足らずではまだまだだし、予想以上に体力が落ちたことを実感しています。

 ハァ~・・・・(-_-)


2017/02/02 (Thu) 08:20
退院後3日経ちました

 退院後3日目です。少しずつスクワットを開始し、まだまだ短時間ですが毎日のウォーキングで体力の回復を図っています。

 今回の入院のきっかけとなる経緯です。

 私が罹患したのは大腸がんという代物です。場所は小腸と大腸が繋がる盲腸という箇所になるそうです。それがわかったきっかけは市の集団検診で、大便検査を3年ぶりかで受けたときの結果でした。

 毎回何もなかったので、今回も無いだろうと。むしろ前立腺がんを患った亡父のこともあり前立腺の方を気にしていました。年々、ホースから出る代物の切れが悪くなってン年経ちますが、これは男性の殆どが前立腺肥大症になるそうなので自分の力じゃどうしようもないこと。それはそうとして前立腺癌になっていなきゃいいなとソッチのほうを気にしていました。
 
 市からの診断結果を見たところ、前立腺には異常がありませんでしたが便に血が混じっていたので要精密検査との所見。エッ!俺が?誰かと間違えてんじゃないかと。それとも痔?お尻の穴は別に痛くもないので痔の自覚もないし・・・・と首をひねりながらも一応念のためにと市内の大腸専門クリニックで大腸検査を申し込み。

 その専門クリニックで検査の方法が2通りとの説明。一つは大腸がんの80%が見つかるという水戸肛門様廻りだけの検査。もう一つは大腸全体を見る検査。どっちにしますかとのこと。どうせなら全体を見ておくんない、と決断して、その日から検査用の食事制限用の食料をもらって帰宅。

 そして翌日。当日はもちろんのこと前日の夜から絶食。病院に9時までに入院。病室に連れて行かれて早速下剤1リットルを1時間掛けて飲めとの指示。その下剤が妙に甘い味をつけていて不味いこと不味いこと。最初のうちはなんとか頑張って飲みますが、だんだんと喉も通らなくなり吐き気も。

 飲んでる途中からでもお腹がピーピー言い出してトイレに駆け込み。その周期が段々と短くなって来ますが、色が無色透明にならないと内視鏡検査が出来ないということでした。

 結構いつまでも色がついているのでどうなることやらと思いましたが、何時間か掛けてようやく透明な液が出て、ようやく検査で呼ばれました。

 この内視鏡検査ってTVでも見たことがありますが、お尻の穴からチューブ状のものを入れてカメラで内部を見るということですので痛みは無いのだろうと高をくくっていた所、これがなんとマア痛いこと痛いこと。実際に穴の中に何か太い棒をグイグイ突っ込まれるようで痛い痛いと動くと、動かないでと叱られます。

 動いてほしくなきゃ痛くないようにしろよと言いたいところですが、そのときはそれどころじゃなくあまりの痛さに身体を捻ると上から看護婦が押さえつけてきます。

 道理で若い看護婦が回りにいるなとやっと納得。そうとは知らず、若い看護婦に囲まれたので思わずムフフと目尻が下がった私が馬鹿だった。(^_^;)

 後で妻にも話しましたが(彼女も大腸の内視鏡検査の経験者でしたが)、自分は同じ病院で大腸の内視鏡検査を受けたときには全く痛くなかったということでしたので、なんでこんなに痛かったんだろうと不思議。評判の良いクリニックでしたが、ヤブだと判断。

 TVで見た印象と随分違うなーと思いつつもなんとか終わって病室に戻り、点滴の影響からかしばらくベッドの上でウトウト。

 目が覚めて診察室に呼ばれてステージⅡの大腸がんだと知らされました。その時に画像を見たところ、グロテスクな塊が画像にありました。まるでエイリアンです。

 ハハァーン、こいつがいつの間にか俺の腸に巣食っていたってわけかコノヤロー。と思いましたね。

 まあ、ガンだと言われても全くショックもなく、ガーンと言おうかと思いましたが、目の前の医者やそばにいる看護婦にもうけそうになかったので止めましたが(^_^;)

 場所が場所なので自覚症状も皆無。これが肛門廻りなら便が細くなったりしてくるのでわかるそうですが、私が羅患した場所のガンなら自覚症状はよほど大きくなるまでは無いそうです。

 次回は紹介状を書くのでどこの病院が良いという希望を出してくださいということで、その日はそれで帰宅。

 然し、1日半食べておらず、しかもお腹の中はすっからかん状態でしたので、普段は歩いて30分位の距離でしたが、流石に歩いて帰る体力もなく、やむを得ずタクシーで帰りました。

 紹介状を書いてもらう病院は車で行けるという通院の利便性。我が家からの方向が通勤時間帯でも逆方向のほうが都合がいいので、筑紫野市にある福岡大学筑紫病院を紹介してもらうことにしました。

 これが大腸がん発覚のきっかけです。次回からは美人で可愛い看護婦がわんさかいる病院の入院後の経緯を書きます。

 
 
 

2017/01/30 (Mon) 16:31
退院しました(小林麻央じゃありませんよ)

今日、無事に退院しました。 
 同じようなブログが歌舞伎俳優の奥さんも書いているようです。あちらは大人気ですが私の方はひっそりと。

 いやはや初体験だらけで面白い経験でしたが、このことに関しての詳細はおいおいと書きます。

 ただひとつ驚いたのは、わずか2週間あまりなのに驚くほど脚が細くなったこと。

 あれだけ必死になってスクワットだなんだかんだと5年以上やり続けてようやく人並みに筋肉がついて来たような気がしたのに、全く見る陰もありません。あっという間に筋肉がやせ細りました。

 ただひたすらベッドに横になって手術の回復を図るばかりなので、本を読むか寝るか、あるいは体温やお腹の様子を見に来た可愛い看護婦を見て癒されるしかやることがない日々を思うと、これもまたやむを得ないことでしょう。

 いまはマンションの階段を意識して歩いて昇り降りして体力の回復を目指しています。

 これからよろしくお願いします。

 PS. 入院前のブログに温かなコメントをいただいたmさん、有難うございます。いつも御覧頂いてその柔らかいコメントにお礼の返事をしようと毎回思いますが、そのやり方が相変わらず分からないまま失礼ばかりしています。
  こころからお礼を申し上げます。m(_ _)m
 

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